LEFT ALONE (Bethlehem) |
| - Mal Waldron |
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Mal Waldron (p) Jackie McLean (as) Julian Euell (b) Al Dreares (ds) 1960年 |
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ジャッキー・マクリーン参加の《レフト・アローン》で有名なアルバム。 いつ聴いても、マクリーンのアルトが情感豊かで、生々しく聴こえる。 マクリーン自身のプレイはもちろんのことだが、この生々しさは、録音のバランスでアルトの音が立っているためか、「すぐそこで吹かれているような感じ」に錯覚してしまうことも一因かもしれない。 まるでスピーカーの前にひっそりと現れたマクリーンが、狭い部屋の中で自分だけのために吹いているような感じがするのだ。 この密室感、プライベート感、そしてそこから生まれる親近感、さらにはこの曲にまつわる「物語」、ストレートで沈痛な面持ちのマクリーンとマル・ウォルドロンのプレイ。これが、長い間、このアルバムが人気であり続けた理由なのだろう。 作曲者のマル・ウォルドロンは、ビリー・ホリデイの晩年の伴奏ピアニストだった。 彼の作ったこの曲をビリーは好んでよく歌っていたという(作詞はビリー)。 とはいえ、マルが「レフト・アローン」を作曲したのは59年の春。ビリーが亡くなったのが同年の7月だから、せいぜい数ヶ月の間しかこの歌を歌っている期間がなかったわけで、ビリー・ホリデイの歌う「レフト・アローン」の録音が残されていないのは、この数ヶ月の間にレコーディングの機会がなかったからだ。 なぜなら、ビリー・ホリデイの最後の録音、文字通り『ラスト・レコーディング』が吹き込まれたのは59年の3月だからだ。このレコーディングの時のピアニストはハンク・ジョーンズ。 マル・ウォルドロンが彼女の伴奏を務めたのは、本当に死の前の僅かな期間だったということになる。 ここでの《レフト・アローン》は、アドリブがどうの、構成がどうのといった聴き方をしてもしょうがないと思う。とにかく演奏の雰囲気を静かに、しんみりと味わうのが、最も普通で、最も正しい聴き方なんだと思う。 マクリーンのアルトはともかく、作曲者のマルのソロは、たどたどしく同じ数音を繰り返しなぞっている間に、ソロが終了してしまったという感じがする。 色々と「言いたいこと」はあるんだけど、ありすぎて、かえって言葉がつかえてしまい、結局何も言えないままソロパート終了といった感じのプレイだ。 たしかに、同じフレーズを意図的にギターのリフのごとく、執拗に繰り返す手法はマルの得意とする奏法だが、この《レフト・アローン》での、 ♪レ・ファ・ラ〜 の不規則な繰り返しは、マル流の「意図した反復」とは明らかに違うたどたどしさを感じる。言葉に詰まり、かろうじて「これしか言えない」というフレーズが思いも寄らぬ箇所で何度も出てしまった、そんな印象を受ける。 最初は、マクリーンのアルトに惹かれて聴いていた私も、何度も聴いているうちに、次第に興味がマルのピアノのほうに移っていってしまった。 音楽を聴いているというよりも、切々たる「語り」を聞いているような気分になってくるのだ。 そして、この訥々とした「語り」とフレーズとフレーズの合間の「沈黙」のほうが、ラストに収録されているインタビューよりも、雄弁に聴き手に迫ってくるものがある(単に英語が分からないだけ、ということもあるが・笑)。 2曲目の《キャット・ウォーク》。 実は、このアルバムでは一番好きな曲だ。 《レフト・アローン》を飛ばして聴くことも多い。 この、ほどよくダークで、適度にダルいフィーリングがたまらなく素敵だ。 静かに、淡々と。しかし、サビにメリハリを効かせることで、演奏がキリッと小気味良くまとまっている。 スタンダードの《ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ》に、ソニー・ロリンズ作曲の《エアジン》は、まるで音が地面の下にどんどんと沈降してゆくんじゃないかと思わせるほどの重く暗い「地盤沈下」ピアノが楽しめる。 そして、ドルフィーとリトルの『ファイヴ・スポット』を彷彿とさせる、迫力のピアノが聴ける《マイナー・パルゼーション》がカッコイイ。 すごくダークな曲調だが、トリオが一丸となってドライブしている名演だ。 ドルフィーにリトルといったホーン陣が、もしこの曲に参加していたら、すごいことになっているだろうな、と勝手に妄想を働かせている私。 《レフト・アローン》はたしかに素晴らしいが、この曲の他にも、バラエティ豊かな暗さ(?)を味わえる好アルバムだと私は思っている。 1曲しか楽しめないのは、勿体ない。 《レフト・アローン》しか聴いていなかった人は、今度聴くときは、是非2曲目から聴いてみよう。 |
| (2002/08/17) |
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