EMBRACED (Pablo) |
| - Mary Lou Williams & Cecil Taylor |
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Mary Lou Williams(p) Cecil Taylor (p) Bob Cranshaw (b) Mickey Roker (ds) 1977/04/17 |
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メアリー・ルー・ウイリアムスとセシル・テイラーによるピアノデュオ。 これに、ボブ・クランショウのベースと、ミッキー・ロカーのドラムがリズム・サポートに加わる。 メアリー・ルー・ウイリアムスといえば、日本での知名度は低いピアニストかもしれないが、本国ではれっきとした大御所。 もっとも、最近では、中川ヨウの著書『ジャズに生きた女たち』にも取り上げられたことで、知名度が若干増しているようだ。 実際、私のブログのアクセス解析をみると、彼女の名前で検索をかけて私のブログにやってくる訪問者もいらっしゃるので、おそらく中川氏の著書で興味を持ったジャズファンも増えてきているのかもしれない。 メアリー・ルー・ウイリアムスは、1910年にアトランタで生まれた。 夫のジョン・ウィリアムスの楽団に在籍後、1929年-42年の間は、アンディ・カーク楽団に在籍した。 年代から見ても分かるとおり、モダンジャズが誕生するはるか前から活躍しているジャズのピアノの重鎮といっても良い存在だった。 彼女のピアノは、どっしりと重く、安定していて、そこらへんのな生半可なピアニストが束になってもかなわないほどの力強いピアノを弾く。いわゆる“ピアノ女傑”だ。 そんな彼女と共演するは、セシル・テイラー。 メアリー・ルーより19歳も年下のテイラーは、言わずとしれたフリージャズ、前衛ジャズの筆頭格だ。 生まれも、バックグラウンドも、スタイルもまったく違う2人によるピアノの交感は、驚くべきことに、まったく違和感がない。 まるで、2人の同一人物のピアニストが共演しているのではないかと錯覚するほどの統一感だ。 オールドジャズの旗手としてしかメアリー・ルーのことを見ていなかった人は、耳からウロコが何枚もはがれ落ちること請け合い。 メアリー・ルーは、前衛ジャズの旗手と対等に渡り合えるだけの尖鋭的な感覚を有していたのだ。 また、この音の調和は、テイラーのジャズの伝統に対しての深い理解があってこそともいえる。 メアリー・ルーのピアノと、テイラーのピアノが何の違和感もなく溶け合うのは、言ってみれば、両者のルーツが同じことが大きい。 よくテイラーのピアノにクラシック色が強く、ブルースが感じられない、と指摘する人がいるが、そんなことは全然ない。 たしかにライトニン・ホプキンスのような“分かりやすい”ブルースはテイラーは一切弾かないが、彼の超然としたピアノスタイルは、ブルースのフィーリングを深く吸収した上で築き上げられたものだということが、これを聴けば分かるはず。 単なる思いつきや気まぐれで生まれたスタイルではなく、クラシック、ゴスペル、ブルースとあらゆる音楽を飲み込んだ上で、吐き出されたものがテイラーのピアノなのだ。 だからこそ、メアリー・ルーが弾くブルース進行のナンバーや、ストライドタッチのピアノの上にも、彼女のピアノを邪魔することなく、いやむしろ誰もが聴いたことのない次元にまで高めることに貢献しているのだ。 二人の強靭なピアニストが奏でるピアノの音塊が宙を舞う、舞う。 この気持ちよさは圧倒的だ。 スリリングなスピード感で、鍵盤の上を縦横無尽に行き来するテイラーのピアノ。 どっしりと大地に根を張り、“テイラー暴風雨”を敢然と受け止め、それどころか、ふてぶてしくもテイラーにカウンターを切り返し、演奏をより一層スリリングな次元にまで高めているメアリー・ルー。 並々ならぬ実力者同士の他流試合が、かくも美しい演奏に昇華されてしまった奇跡的な演奏を是非お楽しみください。 それにしても、二人の繰り出すピアノは、なんと気品のある音、響きなのだろう。 激しさの中にも、決して気品、優雅さを忘れないメアリー・ルーとテイラーのピアノは、音の存在感だけでも一級品。 まさに「ジャズの品格」とでもいうべき、高貴で、エネルギッシュな演奏がこのディスクには封じ込められている。 |
| (2008/05/08) (2009/11/26 加筆) |
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