GREAT PARIS CONCERT (Freedom) |
| - Cecil Taylor |
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Cecil Taylor (p) Jimmy Lyons (as) Alan Silva (b) Andrew Cyrille (ds) 1966/11/30 |
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1966年といえば、テイラーにとっては記念すべき年だ。 ブルーノートに傑作『ユニット・ストラクチャーズ』と『コンキスタドール』をレコーディングした年が66年。 それに加えて、2度目の欧州への演奏ツアーもあった。その際、パリで録音されたレコーディングが、この音源だ。 アルトサックスが盟友ジミーライオンズ。 ベースがアラン・シルヴァ、ドラムがアンドリュー・シリル。 つまり、同時期に録音した『コンキスタドール』のパーソネルから、トランペットのビル・ディクソンと、もう一人のベース奏者、ヘンリ・グライムスが抜けた編成。 この時期のセシルにとっては、理想的なパートナーたちを従えたユニットでの演奏ということになる。 後にベースのアラン・シルヴァ抜け、セシル・テイラー・ユニットは長らくトリオでの活動を続けるが(山下洋輔トリオが範としたフォーマットでもある)、トリオで演奏された日本公演の音源『アキサキラ』の圧倒的な演奏を聴いた後に、この演奏を聴くと、そろそろ自由自在に蠢くテイラー・ユニットにとってはベースが重荷となりつつあるのかな? と感じられなくもない。 既に4ビートという枠のあるリズムフィギュアからは軽く逸脱し、ピアノの鍵盤の高音から低音までめまぐるしい勢いで疾走しまくるテイラーのピアノ。 定速ビートを提示し、演奏のナビゲーションを務めるベースの役割はそろそろ不要になってきている感がある。 もちろん、ここでのアラン・シルヴァのベースも、定速ビートは放棄している。 どちらかというと、低音で時間に対して大きな楔を打ち込み、演奏を大きく脈打たせることに貢献しているようだ。 しかし、それでも、テイラーのソロパートを聴くたびに、鈍重に低音を奏でるベースは、テイラーの高速演奏にとっては足枷にすらなっているように感じるのは私だけか? もっとも、演奏自体は圧巻だ。山あり、谷ありの、迫力あるスケールの大きな音世界を味わえる。 しかし、スケールの拡大とともに長時間化してゆく演奏に、そろそろついてゆけなくなってゆくリスナーも出てくるのではないのだろうか? もっとも、パリでの演奏はそのへんのことを考慮してなのだろう、《アンプリチュード》といったベースをフィーチャーした作品も準備されてはいる。 そして、意外とこの演奏、聴きどころが多い。 表現の自由度を獲得し、スケールが大きくなればなるほど、テイラーの演奏時間も長尺化してゆく。 と同時に、聴き手にとってもこのとてつもないスケールの音楽を受け入れるだけのキャパ と精神力が問われる段階にはいってきた。 そう、テイラーの音楽は、すでにこの時点で、音楽がリスナーを選ぶほどにまで強大に成長してきてしまったのだ。 「よっしゃ、受けてたとうじゃないの!」 そう思ったあなたは立派! 頑張ってテイラーサウンドを真正面からドーン!と受け入れてみよう。 最終的には、とんでもないカタルシスが待っているかもしれない。 それに、長時間のテイラー演奏鑑賞後のビールは旨いです(笑)。 ちなみに、このアルバム、何種類かのバージョン違いのジャケットが出ているから、ダブって買わないように注意しましょう。 |
| (2008/07/09) |
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