DOUBLE TRIOS (Denon) |
| - McCoy Tyner |
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McCoy Tyner (p) Avery Sharpe (b) #1-4 Marcus Miller (el-b) #5-8 Louis Hayes (ds) #1-4 Jeff "Tain" Watts (ds) #5-8 Steve Thorton (per) 1986/06/09 #1-4 1986/07/09 #5-8 |
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マッコイ・タイナーの『ダブル・トリオ』は、なぜかベーシストの間では妙に有名だったりする。 机の上にさり気なく置いていると、何人ものベース弾きが、 「おっ、マッコイの『ダブル・トリオ』じゃないですか?!」 と反応する。 この反応は、おそらく「納浩一(おさむ・こういち)効果」なのだろう。 私は記事を読んだことがないので出典はわからないのだが、ベーシストの納浩一が何かの記事で、このアルバムでのマーカスのベースプレイが素晴らしいことを書いているのだそうだ。 で、その記事を読んだベーシスト達が「マーカスがやっている4ビートの演奏はどんなだろう?」と興味を持つ。 あるいは、「あの納浩一を驚嘆させたマーカスのベースのプレイってどんな内容なのだろう?」 と興味を持つ。 しかし、『ダブル・トリオ』は現在(2009年1月の時点)は廃盤なので、なかなか音源はお目にかかれない。 だから興味はあるが、聴いたことのないベーシストが多いようなのだ。 マーカスの4ビートに関しては、《ラヴァーマン》や《リズマニング》でたっぷりと堪能できる。 出来はどうなのか?というと、結論からいえば、マーカスの4ビートは「センスが良い」。 これは、彼のキャリアのごく初期の『ウイ・ウオント・マイルス』の一部でもマーカス奏でるエレキベースによる4ビートをチェックすることが出来るが、適度にヌルリとした触感の4ビートは静かな興奮を誘発するに十分のものがある。 同じベースでもジャコ・パストリアスの4ビートほど前のめりでもなく、強烈なアクや演奏中の目立ったフェイクもない。 基本的には気持ちよくリズムをプッシュする役どころをわきまえてはいるが、ところどころに挟まれる印象的なリフレインや、ジャコを控え目にしたようなフェイク、まるで最初から作曲されていたかのようなキャッチーでメロディアスなラインをところどころに織り交ぜるセンスは素晴らしい。 この安定っぷりと、よく練られたラインは、採譜をすればヤマハなどの楽器教室の格好の教材となることだろう。 また、音楽教室では「このコードでベースラインを作りなさい」という設問に対する優等生的な模範解答ともいえる。 だからこそ、ベース教室の講師も務める納浩一の「教師耳」に響いたのかもしれない。 あるベーシストの話によると、納浩一は《ラヴァー・マン》のベースソロがあまりに素晴らしく、採譜までしたのだという。 たしかに《ラヴァー・マン》のソロの構成力には比類なきものがあり、まるで最初から作曲されていたかのようなアドリブではある。 アドリブの中にも起承転結の分かりやすい物語を導入しているところが、プレイヤーとしてのみではなく、アレンジャーとしてのマーカスの優れたところ。 まるで短いドラマのように、与えられた時間の中に「伏線となるスペース」「フックを仕掛けるスペース」「盛り上げるスペース」な、巧みなペース配分がなされている。 プレイヤーとしてのセンスもさることながら、編集者・演出者としてのセンスもニクいほどに見せつけてくれる。 また、単なるコード進行のお遊びをやっているわけじゃないんですよ、自分は《ラヴァーマン》という曲に没入しているんですよとばかりに、原曲のメロディを小出しにする、リスナーへのプレゼンテーションも忘れていない。 この構成力、アレンジ力、緻密な計算力は、さすが復帰後のマイルスが重用しただけのことはある。 それだけに、逆に言えば破綻なく、ジャコのベースソロのような勢い任せなところが感じられないところが物足りないというのはあまりに贅沢か? ベースソロの部分が完成され過ぎるがゆえ、フロントがマッコイだろうが、デヴィッド・サンボーンだろうが、あまり関係ないというか、少なくともマーカスのソロの間は、リーダーが先発して奏でたアドリブとは隔絶されたマーカスならではの世界が構築されている。 したがって、マッコイ・タイナーがリーダーのこのトリオでも、無難にマッコイのピアノにマッチしてはいるものの、レギュラーバンドのメンバー同士のみが持ちうるサウンドカラーを期待するのは無理なことは言うまでもない。 あくまで、「顔合わせ程度のジャムセッション」のレベルを凌駕しつつも、それでもやっぱりジャムセッションの域を出ないベテランによる「無難なおとしまえのつけ方の好例」にしか私の耳には響かない。 このアルバムは、タイトルとおり、二つのトリオによる演奏が収録されている。 前半のベースはエイブリー・シャープのウッドベースに、ルイス・ヘイズのドラム。 後半はマーカス・ミラーのエレキベースに、ジェフ・ワッツのドラム。 好意的に見れば、リズムセクションを変えることによってアルバムが単調な内容になることを防がれている。 しかし、イジワルな見方をすれば、しょせん音楽性の違うマッコイとマーカスの共演で魅せる演奏の切り口は、せいぜい4曲が限界ということも分かってしまう。 この2人の共演では、とうていアルバム1枚分の許容量を満たすことは無理だったという見方もできるし、旧来のファンがそっぽを向かぬようアコースティックベースも入れることで体裁を取り繕っているという解釈もできる。 マッコイのピアノは相変わらずパワフル。 ベーシストがアコースティックであろうが、エレキであろうが変わらぬパワフル鍵盤打鍵で突き進んでゆく。 もっとも、マーカスが得意とするリズムパターンの演奏にも合わせているので、マッコイのリーダー作ではありながらも、制作者サイドは、マーカスを立てる方向性を打ち出したかったのだろう。 しかし、マーカスにスポットを当てすぎると、今度は肝心のリーダー・マッコイの存在が色褪せてしまう。 よって、妥協案として2曲ずつ、自分の得意分野を2曲ずつ分け合って演奏したのではないか? すなわち、裏拍が強調された8ビートの《ダウン・ホーム》と、イントロからいきなりスラップ(チョッパー)が大活躍する《スーダン》の2曲は、あきらかにマーカスの土俵の曲だ。 逆に、スタンダードの《ラヴァーマン》と、B♭循環の典型的なジャムセッションナンバーの《リズマニング》は、マッコイの土俵。 互いに得意なフィールドを2曲ずつ分け合って演奏しているかのようだ。 そして、マーカスは自分が得意のリズムの曲においてはフレット付きのベース(おそらくトレードマークの75年製フェンダージャズベースの改造モデルだと思われる)を弾き、マッコイの得意フィールドではフレットレスベースを弾き、アコースティックのニュアンスを加味しようとしている。 とくに16ビートのハネるバックビートの《スーダン》にいたっては、完全にマーカス得意のリズム・フィギュア。決してマッコイの音楽性にフィットするようなシロモノではない。 それでも無難についてゆくマッコイの「プロ精神」は見事だとは思うが。 そういうわけで、このアルバムはマッコイ・タイナーのリーダー作ではあるものの、マーカス・ファンのツボを突く隠しコンテンツが満載されたアルバムでもあり、穿った見方をすれば、マッコイファンとマーカスファンの両方からの「ダブル・インカム」を狙った『ダブル・トリオズ』なのではないかと思われる。 もちろん聴きごたえはある。 良く言えば多種多様な、悪く言えば、多少統一性に欠ける内容ではあるが、各論で見れば、新旧どちらのジャズファンを満足させる演奏は、1曲ぐらいは見つかることと思う。 |
| (2009/01/02) |
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