CONQUISTADOR! (Blue Note) |
| - Cecil Taylor |
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Cecil Taylor (p) Bill Dixon (tp) Jimmy Lyons (as) Henry Grimes (b) Alan Silva (b) Andrew Cyrille (ds) 1966/10/06 |
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セシル・テイラーのアルバムの中では、聴きやすい部類に属し、ゆえに個人的に愛聴している一枚だ。 演奏の凄さやインパクトの面から考えれば、マイケル・マントラーの『ジャズ・コンポーザーズ・オーケストラ』が最高傑作だとは思う。 確かにプレイ面ではそうかもしれない。あの、怒涛のごとく襲い掛かってくるセシルのピアノは凄まじい衝撃があり、聴いた後の脱力感にはたまらないものがある。 しかし、このアルバムは、演奏のインパクトとは別の方向に向かった内容。 音に物語性があるのだ。 瞬間瞬間のインパクトや局面展開の意外さがテイラーの持ち味とすれば、このアルバムのストーリーテリングは彼の作品の中では異色かもしれない。 しかし、君臨と崩壊の予感、静寂から瓦解にいたるまでの流れ、静から動へのダイナミクスの移行が見事で、これほど豊かで実りのある即興演奏はテイラーの中でも屈指のものだと思う。 特に冒頭の数分。 一瞬の静寂から天空へ飛翔するかの如きテイラーの打鍵。これだけでも鳥肌モノ。 そして、メンバー一丸となって速度を上げ、一気にサウンドの構築から破壊までの道のりを疾走する様は本当に見事の一言に尽きる。 さすが、レコーディング前には入念にリハーサルをさせたブルーノートならではの方針が生きている。 そういった意味では、この『コンキスタドール』は、テイラーのみの音楽ではなく、ブルーノートのアルフレッド・ライオンの強固なレコーディング・ポリシーが反映された、ある意味ライオンとテイラーとのコラボレーション作ともいえる。 よって、後半にじわじわと演奏を盛り上げてゆく“分かりやすい”旋律と、それをなぞる管楽器のアンサンブルを聴くに、この演奏は即興が占めるパーセンテージはかなり低いのではないかと推測される。 『コンキスタドール』のみならず、ブルーノートのもう1枚のアルバム『ユニット・ストラクチャーズ』も、かなりの部分が作曲され、演奏に物語性が与えられているが、『ユニット・ストラクチャーズ』の音物語は、曲がりくねった長い道とでも言うべきか、少々難解でとっつきにくい。 もっとも慣れてくると、こちらの世界も難解なパズルがほどけた楽しみはあるにはあるが……。 その点、『コンキスタドール』のストレートな物語性は、非常に分かりやすく、テイラー入門者に最初にオススメしたい1枚。 これでゾクッとこなければ、セシル・テイラーは聴かんでもよろしい。と、断言したくなるほどの内容だ。 スケール大きく、それでいてちょっと神経質な音楽物語に溺れてみようではないか。 |
| (2007/12/19) |
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セシル・テイラーの集団即興アンサンブルの中では、もっとも“分かりやすい”内容なのかもしれない。 私がテイラーの世界にすんなり入っていけたのも、最初に購入したのがこのアルバムだったからということが大きいと思う。 もし他のアルバムを最初に聴いていたら、これほどテイラーに入れ込んでいたかどうか。 ここで言う“分かりやすさ”というのは、“演奏上でのストーリーが見えやすい”ということ。 もっと言ってしまうと、“演奏中のクライマックスと、そうでないところが分かりやすい”ということでもある。 要するにメリハリがハッキリしているということと、ドラマティックな内容ということでもある。 だからといって“ヤワ”な内容というわけでは全然なくて、鳥肌がゾクゾクッとくる瞬間がいくつもある演奏でもある。 “鳥肌どころ”は、一曲目のタイトル曲に集中する。 まずは、冒頭のピアノ一発にいきなりやられる。 次に、このピアノのイントロに覆いかぶさるようにつながる、管楽器のアンサンブル。これにもやられる。 輪郭と焦点をぶらすように、わざと音のタイミングをズラして奏でられるトランペットとアルトサックスの合奏は、まるで遠近法のズレた風景画を見ているような錯覚を覚える。 不気味な嵐の予兆だ。 この管楽器の短いアンサンブルのブレイクの後、ふたたびテイラーのピアノだけのスペースになるが、ここが最初のクライマックスだ。 ためらいがちに、そして次の瞬間、すさまじい勢いで一気に高音へかけのぼるテイラーの魔法の指。このパターンが繰り返されるが、見事な演奏の“締め”方だと思う。 曲の導入部からして、いきなり3回も鳥肌のゾワゾワゾワ〜が襲ってくるので、あとの演奏の凄さは推してしるべし。 《コンキスタドール》の肌触りが、他のテイラーの即興演奏違うのは、ひとえに、鳥肌のゾワゾワゾワ〜の質の違いなのだと思う。 テイラーの演奏の多くは、「来るぞ!」と待ち構えたところで、はぐらかしを食らわせたりと、聴き手の期待を覆したり、かき乱したりする展開が多い。 そうでなければ、圧倒的な音量や音塊の迫力でカタルシスに導くパターンだ。 しかし、《コンキスタドール》のゾワゾワ感は、ブレイクの瞬間に奏でられるピアノや、まさにこのタイミングにこのフレーズしかあり得ないと思わせるほどの構成美に感じられる。 《コンキスタドール》は、コンパクトな編成ながらも、実に細部まで神経の行き渡った緻密な構成と、同時に“音楽の物語”の大きなウネリも感じることが出来るところが、他のテイラー作品とは一線を画するところだと思う。 |
| (2003/10/10) |
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