THE CHMP (A NEW STAR-A NEW SOUND JIMMY SMITH AT THE ORGAN vol.2) (Blue Note)
- Jimmy Smith

  1. The Champ
  2. Bayou
  3. Deep Purple
  4. Moonlight In Vermont
  5. Ready'n Able
  6. Turquoise
  7. Bubbis

Jimmy Smith (org)
Thornel Schwartz (g)
Bay Perry,Donald Bailey (ds)

1956/03/11

『ザ・チャンプ』の愛称でも親しまれているジミー・スミス初期の大傑作『ア・ニュー・スター・ニュー・サウンド vol.2』は、とにもかくにも、1曲目の《ザ・チャンプ》でしょう!

大音量でかけよう。
大音量で聴こう。
大音量であればあるほど良い。

8分近く、ひたすらオルガンのシャワー、オルガンサウンドの嵐!
途中で短いギターソロが挟まれるものの、それ以外は、もうひたすらオルガン、オルガン、オルガン!なのだ。

歪み気味の、柔らかな金属的な高音が、ぱきゃぱきゃと踊り狂い、左手が抑える和音の持続音がしょわ〜と頭のてっぺんをクルクルと回る。

演奏の後半になればなるほど、エキサイティング度が増し、ほとんど「どうにも止まらない」勢いとバイタリティで、モリモリと弾き進んでゆく。

もしこれがライブだったら、少なくとも、あと10分は弾き続けているんじゃないか?と思われるほどの勢いだ。

とにもかくにも、ひたすらオルガンのサウンドを浴びたい人にとって、《ザ・チャンプ》は、うってつけの演奏といえるだろう。

まさに、ジミー・スミスの豪腕が降り注がせる、圧倒的な音の洪水、洪水、また洪水。

これを浴びれば、よっしゃ、俺もいっちょやったるでぇ!と元気が出てくること請け合いだ。

一転して、2曲目の《バイユー》。
こちらは、ありったけのエネルギーを開放した1曲目とは打って変わったスローナンバー。

神保町のジャズ喫茶「BIG BOY」のマスターが大好きなナンバーでもある。

先日、「BIG BOY」を訪問したときのこと。
看板時間を過ぎ、お客が帰った後に、カバンの中から「たまにはオルガンもかけてくださいよ」 とこのアルバムを取り出した。

「BIG BOY」でオルガンものを聴いたのは、開店直後に、私が持参したエディ・ルイスとペトルチアーニのデュオをかけてもらったときぐらいだったので、久々に「BIG BOY」のスピーカーでオルガンものを聴いてみたくなったのだ。

「お、いいですねぇ、ボク、バイユー大好き、バイユーいいよ、かけよ、かけよ」 と、急にゴキゲンになったマスターは、私の手からCDをひったくり、『ザ・チャンプ』をかけた。

ノリノリのタイトル曲終わり、2曲目の《バイユー》が始まった。

気だるいスローテンポ。 最初の5音を発する間もなく、すでにヤらしい(笑)。
大味で、赤面するほどのクサさ。

しかし、このベタなクサさも悪くはない。
最初の5音で、マスターはデカい声で、「く〜!」とか「くぁ〜」と奇声を発しゴキゲンだ。

テーマの中盤は、まったりとしたギターがかったるそうにリードを弾くが、ちょっとクタびれ気味なタメと、訥々としたフレージングが、うーん、気だるい。

演奏中盤に、ジミー・スミスのオルガンのシャワーが唐突にボリュームが上がって始まる。

ビヒャーァと伸びる和音。
伸ばしに伸ばす。
伸びに伸びる。

鍵盤を押している間音が出せるオルガンだからこそ出来る芸当。ピアノじゃこういうわけにはいかない。
びゃーぁぁ、な和音が伸びる伸びる。

この伸びる和音の前にはいる、キャキャキャッという短い助走もたまらない。

大味でクサく、強引に黄昏な世界に持ってゆく腕力バラード、《バイユー》は破壊力抜群。

「おいコラ、こんなにビンビンに弾いてやってんだから、感動しろよな!」
音がそう主張している。

この暴力的なまでなクサさ、分かっちゃいるけどベタなクライマックスを前に、ジーンとするなと言われても、それはなかなか難しいことだ。

やるぜ、スミス。
バラードも元気一杯だぜ。

それに反比例するかのように、音数少なく、なんだかくたびれ気味で、クタ〜っとしたギター(笑)。
これはこれで良い対比だと思う。

次のナンバーの《ディープ・パープル》も似たようなテイスト。

いい年した大人が二人、深夜のジャズ喫茶で、大音量のオルガンを前に、「く〜」とか「きひゃぁ〜」と、奇声を発していたのであった(笑)。

ジミー・スミスの代表作にヴァーヴの『ザ・キャット』が挙げられることが多いが、これは、アレンジも含め、全体のトータルなサウンドで聴かせる作品。
初めてジミー・スミスを聴くという方は、まずは、スミスのオルガンそのもののサウンドを体感して欲しい。

そのためにウッテツケのアルバムこそが、ブルーノートの『ザ・チャンプ』なのだ。

(2007/02/05) 


ジミー・スミスは大食漢だ。

彼とニューヨークで1日をともにした評論家の小川隆夫氏の著書によると、朝食に分厚いサンドイッチとスープとドーナツを3〜4個食べ、昼食は日本レストランでアペタイザー4〜5品に魚定食を平らげ、3時のおやつにインド・レストランでタンドーリ・チキン1羽とキーマ・カレーを平らげ、夕食はイタリアンでチキンとパスタを2種類ずつ食べ、夜食にホテルでオムレツとステーキのサンドイッチをルームサービスで頼んで食べたのだそうだ。
凄い。常人の域を軽く脱している。

しかし、ジミー・スミスは大食漢でもあるが、大の練習の鬼でもある。練習に対しての取り組み、集中力も凄い。

彼は、オルガンをうまく弾くために、ピアノの練習をした。ピアノの鍵盤の重さが指の良い練習になるからだ。
同時にベースの練習もした。
ベースの太くてテンションの高い弦を弾(はじ)くこと、これもピアノと同様、指先の良い訓練になる。
さらには、ベースラインを考える上での練習にもなる。

この2つの楽器は、ジミー・スミスにとっては、馴染みのある楽器だった。
なぜならば、彼はオルガン奏者になる前は、ピアニストであり、ベーシストでもあったからだ。
デビューしたての頃の彼は父親のバンドでショーに出演していたが、そのときの彼のパートはピアノかベースだったからだ。

オルガンは足のフットペダルでベースラインを弾く構造となっているが、これを習得するのは至難の技。
このペダル・ワークをマスターするために、ジミーは、先輩のオルガン奏者のワイルド・ヒル・デイビスのところへ相談に行った。
ペダルのマスターはそんな生易しいものじゃない。15年かかるといわれた。
なんとか2〜3年でマスター出来ないものかと問い返した。
せせら笑われた。
スミスの闘争心に火がついた。
猛練習を開始した。
運指表ならぬ、“運足表”を作って日夜練習に励んだ。
この練習の成果が身を結び、ついには師匠筋のワイルド・ビルを追い越してしまった。

両腕が奏でるダイナミックな、あるいは華麗なサウンドに魅了され、足のフットペダルにまでは中々耳のいかない我々だが、是非ともジミーの足さばきにも注目(注聴?)してみよう。
イジワル聴きなのかもしれないが、初期の録音を聴いて、練習の成果を確認してみるというのも、一つの楽しみだと思って、ブルーノートのアルバムを取り出して聴いてみた。
そうすると、あれれ、けっこう怪しいところもある。

『ア・ニュー・スター・ニュー・サウンド vol.2』は、デビュー直後の吹き込み。1作目を吹き込んだ1ヶ月後に録音されたもので、初期のジミーを知るには格好の素材だ。

個人的には、彼の“華麗な両腕”を聴くためのアルバムだと思っている。
たとえば、1曲目の《ザ・チャンプ》のようなアップテンポの華麗な指さばき。
あるいは、ムーディな《ディープ・パープル》や《ムーンライト・イン・ヴァーモント》、さらには個人的にはこのアルバムで一番好きな《トルコ石》における、クドさ一歩手前の“しゃわぁ〜”な和音の持続音は、文字通りサウンドのシャワーを浴びる快感に浸れるもの。
これらは、“手”のなせる技だ。

じゃあ、足のほうはというと、これがちょっと聴きづらい。
同じオルガンから発せられる同音質の低音といった感じなので、どうしても高音域にかき消されがちで、音の輪郭がなかなかつかめない。
ボリュームを上げてようやく、音の輪郭がつかめてくるといった感じなのだ。

フットペダルの音は、もう少し腰のある低音に設定すれば、さらにリズミックさが際立ったのになぁなどと思いながら聴いていると、ここでは、ソーネル・シュワルツのギターの細かい刻みが、非常に有効に演奏をプッシュしていることに気づかされる。

このアルバムにおけるアップテンポの曲をノリノリと感じるのは、コキコキと容赦なく強靭な右手のメロディラインで演奏を引っ張るジミーの 右手の功績が4割だとすると、ソーネル・シュワルツのギターカッティングが5割以上を占める。残りの1割は、ドナルド・ベイリーの荒くもステディな“ッチ、ッチ”なハイハット。

で、あそうそう、フットペダルに関してだが、スローテンポにおけるベースラインは、非常にステディかつシンプル。
拍の頭か、3拍目のオモテに“ブォン!”と発するタイプのライン作りが多い。きちんと“いーち、にー、さーん、よーん”と数えながら、ピッタリの位置で低音を定期的に発し、あまり、ライン的な遊びがない。

ではアップテンポの曲はというと、これがよくまぁ足が動くなぁと思うほどの音の高低さがスリリングだが、音色の問題、あるいは録音の問題かもしれないが、音のアタックとキレがいま一つなので、あまり“4つ”を素早く刻むラインがリズミックな躍動感を演奏に与えているとは感じがたい。

ときおり、ミスタッチならぬミスフット(?)な音の抜けがあったりもするが、これは意図的なものなのか、単なるミスなのか、判断のつきかねるところ。
ただ、この場合も、先述したとおり、なにしろ低音の輪郭がハッキリとつかみづらい音質なので、ミストーンだったり、音が抜けたりしていても、さほど演奏に違和感をもたらしていないのが不幸中の幸いではある。

個人的にはラストの《バビス》のラインが、メリハリがハッキリとしているせいか、聴きとりやすく、なおかつ、たぶん、このアルバムの中では一番面白いベースラインなんじゃないと思っている。
もしかしたら、これは左手によるベースライン?
演奏の随所に、4分音符から8分音符に符割を細かくして、“モコモコ”としたノリのユーモラスな箇所を設けているのだ。
この“もこもこ”パートが、演奏にメリハリを与えているし、メリハリを感じるということは、ベースラインが演奏に有効に作用しているということだ。曲や演奏そのものはあまり面白いものではないけどね。

結論を言うと、初期のジミー・スミスの録音を聴いて、彼の猛練習の成果を確認しようと思ったが、その音質ゆえに、正直、彼の足さばきやセンスが、ウマイのだかイマイチなのか今ひとつ分かりにくかったというのが正直なところ。
まぁ、こういった“顕微鏡聴き”はあまり趣味ではないのだけどね。

ただ一つ、面白い発見があった。
ベースの音が聞こえにくいゆえ、ベースで参加しても違和感無いということ。つまり、ベーシスト用のマイナス・ワン音源の役割も果たしてくれるのだ。

とくに、《ザ・チャンプ》をかけながら、ブルースのラインを弾くと、これがまた、自分がノリノリの演奏に参加しているようで、非常に気持ちが良い。ドラムも堅実に2拍と4拍にハットを踏んでくれるので、リズムを合わせやすいし、演奏のテンポが速いので、弾いててもなかなかスリルを味わえるし、集中力も必要だ。
ちなみに、私は脱落組。途中で、ヘタってしまったへっぽこベーシストっす。

うん、このアルバムはベースラインを追いかけるには不向きですね。
“足”だけを抽出して聴こうなんて気を起こさずに、素直に“腕(指)”のほうを耳で追いかけるのが正解。
あとは、ツボを押さえたギターのカッティングも忘れずに。
(2004/05/05) 


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