THE STYLING OF SILVER (Blue Note) |
| - Horace Silver |
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Horace Silver (p) Art Farmer (tp) Hank Mobley (ts) Teddy Kotick (b) Louis Hayes (ds) 1957/05/08 |
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アルバム中、決定的に「これだ!」というキャッチーなヒット曲が無いためか、『ソング・フォー・マイ・ファーザー』や、《シスター・セディ》の『ブローイン・ザ・ブルース・アウェイ』など、シルヴァーのブルーノートの他の諸作と比べると、いささか地味な印象の拭えないアルバムかもしれない。 しかし、本当にジャズが好きな人は、きっと『ザ・スタイリング・オブ・シルヴァー』のようなアルバムを好むのだと思う。 先述したアルバムと比較すると、ツカミの強さや、華やかさには欠けるものの、長くじっくりと付き合える要素が満載なのだ。 まずは、メンバーが渋い。 フロントを飾るは、ハンク・モブレイにアート・ファーマー。 鋭角的というよりは、どちらかというと円やかな音色と、流麗なフレージングを持つこの二人を配することによって、繰り返しの鑑賞に耐えうる深みを得ることに成功した。 もっとも、この2名のフロントは過渡期的なものだ。 このレコーディングの約1年後には、ブルー・ミッチェル、ジュニア・クックという5年間の間、活動を共にする不動のパートナーを得るのだから。 そういった意味では、貴重な顔合わせともいえるだろう。 曲作りやアレンジ面も特筆すべきだろう。 《ソウル・ヴィル》は、ブルースの途中に8小節のサビが設けられるという構成。 《ザ・バック・ビート》は、12小節のイントロのあと、16+16+8+8という小節の組み合せで1コーラスが構成されている。 《メタモルフォーシス》にいたっては、さらに変則的な構造となっていて、15+15+16+15という小節形式でワンコーラスという構成なのだ。 普通、AメロであれBメロであれ、1つのブロックに奇数小節はあまり使用されない。 実際に演奏すると分かるのだが、どうしても偶数小節のブロックのほうが、演奏していてシックリとくるのだ。奇数小節だと、カラダに染み込んだ2の倍数小節という長さの習慣に、“余り1小節が加わる”という、ちょっとした引っかかりを感じるし、演奏中に、一瞬の抵抗感を感じるからだ。 前の小節と同じコードだったら、ついうっかりと、1小節分演奏することを忘れてしまったりもする。 もっとも、こんなことを感じるのはアマチュアな私だけなのかもしれないし、モンクの《ブリリアント・コーナーズ》のような曲も、基本は奇数小節だったりもするので、ものすごく特殊な構造というわけでもないのだが…。 文字で書くとなんだか小難しくなってきたが、実際の演奏は、よっぽど注意して聴かないと、このような特殊な構造だということは聞き逃してしまうだろうし、もちろん聞き逃してしまっても構わない。リスナーは、小節の数を気にして聴く必要などまったくないからだ。 ただ、ここで言いたかったことは、特殊な構成の曲が多いんだよ、ということ。シルヴァーは、このアルバムの曲の様々な箇所に、色々な工夫や実験的な要素を盛り込んでいるんだよ、ということ。 つまり、意欲作なんだよ、ということ。 パッと聴きは地味な印象しか残らないアルバムかもしれないが、先述したとおり、ジャズ好きが末永くこのアルバムと付き得あえる可能性が高いのは、シルヴァーの細やかな工夫と、それを露骨に出さないエンターテインメント性が同居しているからだ。 そういった意味では、ピアノ、作曲の才能だけではなく、シルヴァーのアレンジャーとしてのバランス感覚を伺えるアルバムでもある。 個人的なフェイバリットは、《ノー・スモーキン》。 アップテンポで突き進むこの曲は、まさにアルバムの幕開けに相応しい。 ラストに演奏される唯一のスダンダードナンバー《マイ・ワン・アンド・オンリー・ラヴ》も良い。 他の凝ったアレンジの演奏とは違い、なんの衒いもなくストレートに演奏されたナンバーだが、逆に、このストレートさ、むき出しの「真っ正直さ」に胸を打たれる。 通称「旗のシルヴァー」。 国連ビルの前にたたずむシルヴァーのジャケット。 きっとNYを訪れたジャズファンの多くは、彼のポーズのマネをして記念撮影をしたことでしょう。もちろん私もです(笑)。 |
| (2004/08/18) |
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