YEAH! (Epic) |
| - Charlie Rouse |
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Charlie Rouse (ts) Billy Gardner (p) Peck Morrison (b) Dave Bailey (ds) 1960/12/20 & 21 N.Y. |
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聴くたびに、嗚呼、やっぱりサックスって木管楽器なんだよなぁと、当たり前な事実をしみじみと噛みしめられるアルバムだ。 やわらかい音色。「ススス…」と微かに漏れる息の音。 タフでメタリックなテナーのサウンドも良いが、このアルバムのラウズのような素朴で柔らかい、木管楽器としてのテナーの魅力を十全に引きだしているサウンドも良いなぁと思う。 チャーリー・ラウズと言えば、まず真っ先に思い浮かぶのが、セロニアス・モンク・カルテットでの活動だろう。 彼は、後期のモンクの女房役を実に12年も勤めたテナー奏者だ。 歴代のモンクと共演したテナー・サックス奏者、たとえばソニー・ロリンズやジョニー・グリフィン、ジョン・コルトレーンらと比較すると、モンクとの共演者の中では、今ひとつ精彩に欠ける地味なプレイヤーというイメージが強く、ほかのテナー奏者と比較するとイマジネーションや、プレイの「羽ばたき具合」に欠けるという文脈で語られがちな可哀想なテナー奏者でもある。 私自身も、じつは、そう思っている。 モンク・グループにおいての彼のプレイの良さは充分に認めつつも、それでもグリフィンのようなタイプの奏者と比較すると、こぢんまりとした印象は拭えない。 ロリンズ、コルトレーン、グリフィンらは、「モンクという枠組み」を守りつつも、どこか「モンクというシステム」の中から一歩はみ出してやろうという意気込みをそのプレイの中から感じ取れる。 しかし、ラウズの場合は、「モンクという枠組み」をカッチリと守り、その中から一歩も出ようとしない。あくまで、リーダーの敷いた難解な音楽フォーマットの中で最大限の演奏をしようと心がけているような、一歩引いた慎ましさを感じてしまうのだ。 しかし、これは逆に言えば、誰とでも合わせてしまえる協調性ゆえに、といった解釈も可能だ。 つまり、器用なゆえに、モンクのバンドでは、あくまでもモンクの望むスタイルで、親分の満足のいくプレイを繰り広げていた、と考えられなくもない。 これは、彼の人柄によるのかもしれない。 あくまで、親分を立て、親分の曲を尊重して引き立ててやろうという、なんとも美しい謙譲の美徳。 リーダーの目の届かないところで、チラッと目立ってやろう、自己主張してやろうという野心がほとんど感じられないのだ。 だとしたら、イイヤツだよなぁ、ラウズって(笑)。 というのは、冗談だが、個性の強い曲を書き、アクの強いピアノを弾くモンクのバンドに10年以上在籍したという事だけでも、ラウズは相当な実力の持ち主なのだと評価出来ると思う。 協調性だけでは、モンクの音楽を料理出来ない。 あくまで、実力に裏打ちされた協調性があってこそ、はじめてモンクのお眼鏡にかなったのだろうし、モンクだって彼のプレイに満足していたからこそ、長い間ラウズを使い続けたのだろう。そうでなければ、とっくにクビになっているはずだ(もっとも、岩浪洋三氏流の解釈だと、“後期のモンクはやる気がなくなっていたから、メンバーに対してもルーズになっていた”→“だからラウズをいつまでも使いつづけたのだ”ということになるのだろうが…)。 そんなラウズが、モンクのバンドとは別のところで、あくまでマイペースで吹き込んだ『ヤー!』こそが、本当の彼を味わえる好アルバムだと思う。 ラウズが参加している後期のモンクがあまり好きではない人、モンクに参加している時の彼のプレイしか聴いたことがないのに「凡庸、マンネリ」の烙印を押している人にこそ、このアルバムを聴いてもらいたい。 おそらく、ほとんどの人が、ラウズを見なおすのではなかろうか。 ロリンズほどタフでも、コルトレーンほどメソメソもしていなく、淡々としているのに、なんだかとっても味わい深い《ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラブ・イズ》。 ノリが良くゴキゲンな《リル・ラウジン》。モンク・カルテットでの遠慮がちなプレイは、ここでは微塵も感じられない。 思い入れたっぷりな過剰なバラード表現を避け、あくまで淡々とした演奏を心がける彼に、男の美学を感じる<ステラ・バイ・スターライト>は名演。 じっくりと丁寧に歌い上げる姿に好感が持てる。 リラックスしたブルースの《ビリーズ・ブルース》、ラウズ版の《ミスターP.C.》とでも言うべきマイナーブルースの《ラウゼス・ポイント》という2曲のブルースを聴けば、ラウズのブルース・フィーリングは、あくまで控えめな上品さに貫かれていることがよく分かる。 この2曲は、私の場合は、ピアノ、ドラム、ベースのリズムセクションが好演しているので、テナーよりはむしろ、バックのリズムを中心に聴いてしまう。 そして、ラストの《ゼア・イズ・ノー・グレイター・ラブ》は、ミディアム・スローの、ゆったりとくつろいだ演奏では、ほっと一息。 テーマの部分の伴奏は、ドラムとベースのみで、ラウズがアドリブを取りはじめてから、ピアノが伴奏に参加するアレンジが面白い。 ピアノといえば、このアルバムのピアニスト、ビリー・ガードナーという人、レッド・ガーランドの影響を受けているのだろうか。ブロックコードの音使いや、シングルトーンでのフレーズの組み立てかたなど、演奏の随所に、ガーランドの匂いがチラホラ。 とにかく、全曲素晴らしい内容なので、入門者からベテランまで、さらにはオーディオマニアまで自信を持ってオススメすることが出来るアルバムだ。 初心者には、親しみやすい上に破綻の無い安定した演奏と、ブルース、スタンダード、バラードと、バランスの良い選曲のなされた好盤として。 マニアには、淡々としたプレイの中にも、無限大の味わい深さと情感の込められた ジャズのエッセンスが凝縮された好盤として。 また、オーディオマニアには、最近出た「DSDマスタリング盤」のCDが文句無しにオススメ出来る。ベースとテナーが、とても生々しい音で再現出来ると思うからだ。特にラウズのテナーの音は、冒頭にも書いたとおり、まさに、サックスって木管楽器なんだ!ということを改めて思い知らされるほど、リアルで暖かな音色だ。 |
| (2002/07/07) |
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