SONNY ROLLINS VOL.2 (Blue Note) |
| - Sonny Rollins |
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Sonny Rollins (ts) J.J. Johnson (tb) Horace Silver (p) Thelonious Monk (p) Paul Chambers (b) Art Blakey (ds) 1957/04/14 |
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ロリンズとアート・ブレイキーの相性の良さについては、残された共演盤が少ないためか、あまり言及されることはない。 しかし、私は『サキソフォン・コロッサス』で共演しているマックス・ローチ以上に、ロリンズと相性の良いドラマーはアート・ブレイキーなのではないかとすら思っている。 この二人の「天然パワー」が合体すると、演奏に生まれる効果は足し算ではなく、掛け算的に凄まじい馬力と勢いを獲得するからだ。 この『ソニー・ロリンズ vol.2』を聴けば、そのことをイヤというほど実感出来るに違いない。 私は常々、アート・ブレイキーがドラマーを務めるバージョンの『サキソフォン・コロッサス』が存在すれば、どんなに良いだろうと思っている。 もちろん、マックス・ローチの緻密で構築的なドラミングも嫌いではないのだが、やはりブレイキーの豪放さと繊細さが同居したパワーと、同じく、剛腕かつ繊細な歌心の持ち主・ロリンズという似た者同士の組み合わせが生み出したであろう、巨大極楽音空間に思いを馳せてしまうのだ。 しかし、この思いは、半ばこのアルバムで叶えられていると言っても良いかもしれない。 煽るブレイキー。この勢い溢れる焚きつけっぷりはどうだ。 煽られまくったロリンズは、一音でも多くの音を吹きたくて吹きたくてたまらなかったのだろう、ドラムスとの4小節交換の箇所など平気ではみ出しまくっているし、このはみ出しっぷりが逆に演奏にものすごい推進力を生みだしている。 ロリンズだけではなく、冷静な印象の強いトロンボーンのJ.J.ジョンソンも音の速射砲さながらに丸太い音を連射する。ブレイキーに煽られてか、はたまたブレイキーに煽られたロリンズに感化されてか、とにもかくにもJ.J.もノリノリ元気。 この豪快な勢いで燃え盛る炎に向けて、もっと燃えろとばかりに火をくべ、団扇で煽りまくるのが、名手、ホレス・シルヴァーのピアノと、ポール・チェンバースのベースなのだから、もうロリンズの快進撃は止まらない。いや、聴いていて止められるものでもないのだが。 このブレイキー、チェンバース、シルヴァーの「煽るリズムセクション」を聴くと、やっぱりこのメンバーで『サキソフォン・コロッサス』の曲を同時期に再演してくれたら聴き比べられて楽しいのに、と思ってしまうのだ。 もちろん、マックス・ローチ、ダグ・ワトキンス、トミー・フラナガンの「手堅いリズムセクション」も素晴らしいのだが、「もう一つの可能性」も聴いてみたかったという勝手な妄想も働かせてしまう私なのであった。 しかし、このアルバムの魅力は、これだけにとどまらない。 ただでさえ、100点満点以上の働きをするリズムセクションと、ロリンズのプレイ。これだけでもかなりの出来が約束されたアルバムにもかかわらず、ブルーノートのオーナー、アルフレッド・ライオンの欲求は止まるところを知らない。 つまりは、上記リズムセクションからもたらされる「確約された躍動感」には飽き足らず、セロニアス・モンクという「異物」を挿入することによって、さらに不確定要素が生み出すさらなる予定調和をブチ壊す無尽蔵な可能性に賭けたのだ。 モンク参加の曲は《ミステリオーソ》と《リフレクションズ》の2曲。 2曲ともモンクのオリジナルだ。 《リフレクションズ》は、演奏の最初から最後までモンクがピアニストとして参加しているのだが、面白いのは《ミステリオーソ》のほうだ。 スタジオ内には1台しかないピアノを、モンクとシルヴァーが鍵盤を分け合って弾いているのだ。 この時の模様を撮影した写真を私は見たことがないので、想像で補うしかない。しかし、ホレス・シルヴァーとセロニアス・モンクが一つのピアノ椅子に座ってレコーディングををしている風景は、想像するだけで楽しいではないか。 どのパートからどのパートまでがモンクのプレイで、どこからがシルヴァーのバッキングなのか? それは解説するだけヤボというもの。 是非、皆さんの耳で聴き分けてみてください。 いや、手抜きでそう言ってるんじゃないよ(笑)。 鑑賞の楽しみを奪うと思ってのことだから。 まったくタイプの違う2人の演奏の個性を把握していれば、すぐに分かるはずだから、是非、聴き比べてみてください。 モンクの参加で120点の出来のアルバムを150点以上の出来にしてしまったアルフレッド・ライオンの人選と采配っぷりはどうだ。 名プロデューサーの条件は、作品の完成の出来映えと着地点を予測するだけではなく、この予測イメージを破壊するハプニング性をも持ち込み、さらなる高みを目指す飽くなき貪欲さが必要なのかもしれない。 この時期、1950年代後半の「アルフレッド・ライオンが聴きたかったジャズの音」が、そのまま「歴史に残ったジャズの音」になるとは、誰も考えていなかったに違いない。 |
| (2011/01/21) |
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