CHARLIE PARKER ON SAVOY MASTER TAKES (Savoy) |
| - Charlie Parker |
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track 1-6; Charlie Parker (as) Miles Davis (tp) Dizzy Gillespie (p) Sadik Hakim (p) Curly Russell (b) Max Roach (ds) On "Thriving On A Riff" Sadik Hakim:piano,replace Gillespie. On "Ko Ko",Hakim plays piano on opening and closing passages where Gillespie plays trumpet. 1945/11/26 track 7-10; Charlie Parker (as) Miles Davis (tp) Bud Powell (p) Tommy Potter (b) Max Roach (ds) 1947/05/08 track 11-14; Charlie Parker (ts) Miles Davis (tp) John Lewis (p) Nelson Boyd (b) Max Roach (ds) 1947/08/14 track 15-18; Charlie Parker (as) Miles Davis (tp) Duke Jordan (p) Tommy Potter (b) Max Roach (ds) 1947/12/21 track 19-26; Charlie Parker (as) Miles Davis (tp) John Lewis (p) Curly Russell (b) Max Roach (ds) 19-22 recorded 1948/09/18 23-26 recorded 1948/09/24 |
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このCDには随分とお世話になった(正確には画像表示されているCDではないが……)。 そして、今でもお世話になっている。 チャーリー・パーカーがサヴォイに残した録音のマスター・テイクだけを収録しているという親切編集のCDだ。 サヴォイに録音した全テイクを集めたボックス・セットや、初期のレコーディングのセッションだけを1枚のCDに収録した『ザ・チャーリー・パーカー・ストーリー』なるCDも出てはいるが、やっぱり日常的に気軽に取り出してパーカーを楽しむには、このマスター・テイク集が一番! ダイアルのパーカーよりも、サヴォイのパーカーが好きな私にとっては、キング・レコードから出ていたこのCDをとても重宝している。 現在この編集のCDは品切れらしいが、中古屋で見かけたときは、是非購入しておくことをお勧めしたい。 これを手に入れれば、ボックスセットのマスターテイクだけをプログラムして聴くという七面倒な手間が省ける。 このような手間をかけて聴いていると、入力が面倒になり、だんだんと聴かなくなってくるのだ。それはあまりにも勿体ない! 実際、私もこの『マスター・テイク集』を聴き潰して、もっと違う種類のパーカーのアドリブを楽しみたいという興味の触手が伸びてボックス・セットを購入した。しかし、最初は色々と曲順をプログラムして楽しんでいたが、すぐに面倒臭くなり、今では埃をかぶっているという体たらく。このボックス・セットは、もう何年も触ってない。 結局は、1枚のディスクにパーカーのハイライトが収められた『マスター・テイク集』に戻り、こればっかり聴いているのだ。 日常的にパーカーを気軽に聴く。これこそが、豊なジャズ生活の一部なのだと思う。 私がサヴォイのパーカーを好きな理由は色々あるが、一番の理由は、好きな曲(演奏)が多いからだと思う。 《ビリーズ・バウンス》、《ナウズ・ザ・タイム》といったお馴染みのブルースをはじめとして、《ウォーミング・アップ・ア・リフ》、《ココ》、《バード・ゲッツ・ザ・ワーム》などといった、凄みのあるパーカーのアドリブも楽しめる。 《ドナ・リー》、《シェリル》、《バルバドス》、《アー・リュー・チャ》など、後のジャズマンが好んで取りあげるナンバーも数多く収録されている。 加えて、あっさり簡潔だが、表現の深さは底無しのバラードも演奏されていることもポイントが高い。 《ミアンダリング》や《パーカーズ・ムード》がそうだ(バラードというよりは《パーカーズ・ムード》はスロー・テンポのブルースだが)。このスロー・テンポの2曲は本当に最高! また、演奏のバランスやトーンの統一感があることも私がサヴォイを好きな二つ目の理由だ。 たとえば、ダイアルのパーカーは、絶好調な《チュニジアの夜》から、麻薬で意識が朦朧として、プレイがおぼつかない《ラヴァー・マン》や《ビ・バップ》など、演奏の出来不出来の落差が激しい。 それはそれで、“人間・パーカー”のドキュメントとしては貴重な記録ともいえるし、ミンガスのように《ラヴァー・マン》の演奏を最高とする人もいるにはいる。 しかし、私だけなのかもしれないが、出来の落差の激しいダイアル盤は、サヴォイ盤ほど気軽に手が伸びない。 なんだか、よし、聴くぞ!という気合いのようなものが必要で、結果、どうしても聴く頻度が落ちてしまうのだ。 それに反して、サヴォイの場合は、演奏の出来が安定しているので、安心して聴くことが出来るのだ。 ピアノとベースはセッションの日によって違うが、トランペットはマイルス・デイヴィス、ドラマーには一貫してマックス・ローチと、要となるメンバーが不動だということもトーンの統一感に大きく寄与しているのかもしれない。 若き日のマイルス・デイヴィスは、パーカーに憧れニューヨークにやってきたが、裕福な歯科医の息子ゆえパーカーにさんざん金銭をたかられると同時に、可愛がられ、彼のバンドのレギュラー・トランペットの座を射止めていた。 バリバリとハイノートで吹きまくる実力者のディジー・ガレスピー、もしくは、彼のようなタイプのトランペッターではなく、何故テクニック的にも大したことの無い若造=マイルスを使うのかと、パーカーは周囲からは色々と言われていたらしい。 恐らくは、金づるのマイルスを手放したくないのだろうというのが、大筋の見方だし、私もこの説に反対する理由もないのだが、どうやらそれだけでは無いんじゃないかと、最近は思いはじめている。 たしかに、このサヴォイ盤では、パーカーの陰に隠れるように「ぱらぱら」と中音域のトランペットを吹いているマイルスは、パーカーというカレーライスに対しての福神漬け程度の認識しか私には無かった。 つまり、パーカーのアドリブからテーマに戻るための「箸休め」的な存在以上のものは中々感じられずにいた。正直、今でもそう感じている。 だが、少しだけこの時期のマイルスに対する見方が変わりかけている。 たしかに後年の彼のプレイに比べればテクニック的にも大したこともないし、音のレンジも狭い。しかし、彼のプレイを耳で追いかけてゆくと、実によく考えながらトランペットをプレイしていることが分かる。 恐る恐る吹いているようにも聴こえるが、慎重に音を選びながら吹いているのだ。 彼なりに必死に「自分ならでは」の表現を模索しながら、現時点でのベストを出そうとしている真摯な姿には好感が持てる。 そして、実際《ビリーズ・バウンス》のアドリブなど、聴きようによっては、かなり稚拙な「ぱらりららぁ〜」なソロも不思議と耳に残るのだ。 パーカーの場合は、「なんにも考えないで吹いている」とまでは言わないが、即興演奏を地でゆく彼のこと、その場その場で瞬間的にいくらでも凄いフレーズを生み出すことが可能だろう。 それに対して、慎重に考えながら一音一音を発する「考えて吹く」タイプのマイルスはパーカーとは全く違うタイプのジャズマンだ。 マイルスの「考えて演る」というスタイルは、後年の『クールの誕生』で開花し、後々のハードバップやモード、そして電化ジャズへとどんどんスケールアップしてゆくが、この頃はまだまだ模索中といった段階ではある。 しかし、マイルスにスポットを当てて聴くと、「パーカーの添え物」以上の不思議と心に残るプレイもしていることは強調しておきたい。 パーカーは即興を地で行くような人だから、それゆえ、その場その場の自分の演奏がすべてで、サイドマンの人選には無頓着、ゆえにトランペットはイモラッパなマイルスでも誰でも良かったのだ、という見方も出来ると思う。 しかし、マイルスのプレイを聴いていると、どうもパーカーはそんなに無責任即興至上男なだけじゃないことが分かってくる。ちゃんとアンサンブルや演奏全体のバランスのことを考えていたに違いない。 だから、自分と同じタイプのガレスピーのようなトランペッターではなく、自分とは対極のスタイルの「考える男・マイルス」を起用したのではないだろうか。 もちろん「自分の引き立て役にヘタクソを使おう」という魂胆もあったのかもしれないが、巷で言われているほど、彼はアンサンブルに対しては無頓着だったようには私には思えない。 さて、マイルスのことに字数を多く費やしてしまったが、肝心のパーカー。 いい加減かもしれないが、このサヴォイでのパーカーのプレイは、どれもがすべて良い。全曲オススメだ。 どれが悪い、どれが良いと言うのも馬鹿馬鹿しくなるほど、すべてのテイクがパーカーのオイシイところを捉えている。 あとは、聴き手の好み次第だろう。 個人的には《ビリーズ・バウンス》が大好きで、マスターテイクのソロは、パーカーとマイルスのアドリブを最初から最後までのすべてを口ずさめるほど聴き込んだ。 それと、先述したように《ミアンダリング》。これは本当に深いバラード表現だと思う。ピアノソロの途中で録音が切れてしまっているのが、とても残念だ。 あとは、“凄いパーカー”の代表とも言うべき《バード・ゲッツ・ザ・ワーム》。急速テンポに乗って、繰り広げるパーカーのアドリブはスリル満点。 まさに「火の出るような」アドリブだと思う。そして、必死にパーカーに追いすがるマイルスのミュート・プレイも中々だと思うし、テクニック的にも随分上達していると思う。 対位法的な旋律の絡みが楽しい《アー・リュー・チャ》なんかは、後年マイルスが再び取りあげているので、ご存知の方も多いだろう。 《チェロキー》のコード進行を下敷きにして、伸び伸びと素晴らしいアドリブを繰り広げる《ウォーミング・アップ・ア・リフ》も大好きだ。 文字通り、ウォーミング・アップでパーカーが吹いているところを録音したものなので、演奏の途中から始まり、途中で録音がフェードアウトしてしまうが、パーカーの閃きの鋭さとアドリブの冴えを捉えた貴重な録音だ。 とにかく、聴けば聴くほど、また聴きたくなるサヴォイのマスター・テイク集は、私にとってはとても大事な一枚。 これをたくさん聴いたからこそ、今だに様々なジャズを楽しめているのだと思う。 逆に、これに出会わなければ、マイルスの『カインド・オブ・ブルー』は別としても、今だに飽きることなくジャズを聴き続けていたかどうか。 |
| (2002/10/15) |
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大音量でパーカーを聴いていたら、彼の音の出し方で発見したことがある。 私は普段大音量でばかりジャズを聴いているわけではない(大音量で聴きたいときはジャズ喫茶や友人の家に行く)。 しかし、大音量で聴かないと分からないこともあることも重々承知していて、それは演奏者の細やかなニュアンスがよく分かるということ。 特に大音量でパーカーを聴くと、特にブルースの場合は、ニュアンスを大事に吹いている演奏が多いということに気がつく。 やたらめったら滅茶苦茶で破壊的なことはしない。 (もっともパーカーの演奏に滅茶苦茶はないのだが……。驚くほど理路整然な音楽を奏でる人だ。) 循環モノや、《チェロキー》のような既存曲のコード進行を拝借したナンバーの演奏だと、かなり凶暴化する演奏もあるが、ミディアム・バウンスのブルースではそのようなことは滅多にない。 もうひとつ、大音量で聴いて気が付いたこと。 それは、パーカーが必殺フレーズを繰り出すときは、音量が微妙に大きくなるということ。 必殺フレーズってどのフレーズ? うーん、文字では伝えにくいですね。 面と向かってなら、鼻歌を歌ったりCDをかけながら「ここ!」と指摘できるんだけど。 一応、階名をカタカナで書いてみると、 ♪ファ#ソシ♭レファレミ♭ミドド#レドシ♭ラソファ…… です(笑)。 サヴォイ盤でいうと、《ビリーズ・バウンス》のアドリブの9小節目に現れるところ。 《バード・ゲッツ・ザ・ウォーム》の冒頭からいきなり飛び出すフレーズです。 パーカーに慣れ親しんでいる人だったら、「ああ、あそこか」とピン! とくるんだろうけれども、分からない人は、文字では伝えられない、ゴメン! で、この映画『バード』でも、この部分だけ抽出して使われていた、ある種パーカーのアイコンとでも言うべき必殺フレーズのところだけ、音が前に出てくる感じがするんですよ。大音量で聴くと。 しかも、録音状況の違う様々な音源を大音量でかけても、結果は同じ。 必殺フレーズのところだけ音量が微妙に大きくなる。 きっと、この必殺フレーズを吹くときには「よし出すぞ!」と気合いが入っていたのだろう。 運指や速度を含め、非常に難しいフレーズなので(マクリーンなんかはよくツマる)、パーカーとしても、このフレーズを吹くときは無意識に身体に気合いが入っていたに違いない。 フレーズを繰り出すときの確信と意気込みが、音のボリュームとなって現れている。 この新発見は、大音量ならではの賜物。 パーカー好きにしてみれば、こういった小さな発見も嬉しいものなのですよ。 |
| (2009/04/09) |
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