MODERN ART (Intro→Blue Note) |
| - Art Pepper |
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Art Pepper (as) Russ Freeman (p) #1-10 Carl Perkins (p) #11-13 Ben Tucker (b) Chuck Flores (ds) track 1-5 1956/12/28
track 6-10
track 11-13 |
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※ここで紹介するアルバムは、輸入盤CDの『モダン・アート』なので、収録曲、曲数、曲順はレコードとは違います。御了承ください。
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| (2002/04/12) |
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大事なこと、言いたいことを必要以上に声高に主張することって、あまり好きではない。 たとえば、バラエティ番組にでてくるテロップ。 あるいは、ブログなどで、一部の人が多用している色のついたデカ文字。 強調したい気持ちは分かるんだけれども、やり過ぎは品性を疑わざるをえない。 そんなに強調しなくても、こっちにもそれぐらいの読解力はあるよ、と思ってしまう。 相手の理解力を疑っているからなのか。 それとも、自分の表現力の無さをカバーするためなのか。 理想なのは、露骨な手法を用いずとも、サラリといいたいことを相手に伝え、受け手も、過不足なく発信者の意図を自然に汲み取れること。 これって簡単なようで、なかなか巧くいくものではない。 だからこそ、テロップやデカ文字に陥るんだろうけど。 ジャズでいえば、露骨に甘いフレーズや、必要以上の音数、隙間をまったく生かさない音符の埋め尽くしなどが、それにあたる。 ときには、これらの手法も効果的なのかもしれないし、ライブにおいては聴衆を「おお、エキサイティングだ!」「熱演だ!」と熱狂の渦に巻き込むことも可能だ。 さらに、コルトレーンのように、「こんだけやってくれると、逆に気持ちいいぜ!」と感じさせるほどの演奏もあるので、ジャズにおいてのある種「やり過ぎ」は必ずしも否定するものではない。 しかし、アート・ペッパーの場合は、やり過ぎ、吹き過ぎ、エキサイトし過ぎは、あまり似合わないのではないかと思う。 熱情だけが先走り、演奏が長尺化してきた後期のアート・ペッパーの一部の演奏よりも、私は初期の演奏のほうにシンパシーを感じる。 彼は本来、“お喋りなサックス”なタイプではないし、声のデカい“ラウド・スピーカー”というタイプでもない。 アート・ペッパー本来の持ち味は、やはり初期にあると感じる。 短い演奏時間の中にいいたいことをすべて詰め込み、それを決して過剰な語り口には陥らずに、サラリと軽やかな語り口で、ホロリと説得してしまうのだから。 たとえば、『モダン・アート』の《ビウィッチト》を聴いてみよう。 難しいこと、トリッキーなことは一切せず、さらに、必要最低限にしか曲をいじっていない。 にもかかわらず、この豊穣な表現力、あっさりとした語り口の味わい深さ。 もちろんこの時期のペッパーには、この曲に限らず、素朴でストレートな表現とは裏腹に、奥行きの深い演奏が多い。 このようなさりげない演奏にこそペッパーの高い音楽性を垣間見ることが出来るのだ。 |
| (2009/04/13) |
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