JAZZ GIANT (Verve)
- Bud Powell

  1. Tempus Fugit
  2. Celia
  3. Cherokee
  4. I'll Keep Loving You
  5. Strictly Confidential
  6. All God's Children Got Rhythm
  7. So Sorry Please
  8. Get Happy
  9. Sometimes I'm Happy
  10. Sweet Georgea Brown
  11. Yesterdays
  12. April In Paris
  13. Body And Soul

Track 1-6
Bud Powell (p)
Ray Brown (b)
Max Roach (ds)
Recorded in New York City,May 1949

Track 7-13
Bud Powell (p)
Curly Russell (b)
Max Roach (ds)
Recorded in New York City,January-February 1950

私のメールアドレスは「tempus-fugit(テンパス・フュージット)」(現在はプロバイダを変えたので違うアドレスだが)。
ピンとくる方も多いと思うが、パウエルの名曲《テンパス・フュージット》のことだ。
それほど、この曲、いや、この曲がはいっている『ジャズ・ジャイアント』というアルバムには特別な思い入れがあるのだ。

《テンパス・フュージット》とは、ラテン語で「光陰矢のごとし」のこと。
そして、『ジャズ・ジャイアント』の冒頭を飾る曲だ。
まさに、パウエルが弾く《テンパス・フュージット》は、言葉通りの曲と演奏、そして、常人には厳しすぎるぐらいのハードな世界と、めくるめくスピード感を味わえる。

私がジャズを聴き始めた頃、まだ聴いたジャズのアルバムの枚数が20枚にも満たない時期に、『タイム・ウェイツ』(Blur Note)とともに、強烈に私の脳裏に焼きついたアルバムが『ジャズ・ジャイアント』だ。
今では聴いている頻度は昔ほどではないにせよ、それでも何かの節目にかけることが多い。
「節目」といっても大したものではなく、正月に新年一番にかけるアルバム選びに迷った時とか(笑)、何か、新しいことを始める際に気を引き締めて、「よーし、やるぜ!」と思うときなどの程度のものだが。

絶頂期のバド・パウエルを記録したアルバムの1枚だが、他の絶頂期のアルバムと比較すると、個人的には、本作が一番のお気に入りだ。
その理由は、いくつかある。
まず、選曲が良いこと。
パウエルのオリジナルと、スタンダードがバランス良く演奏されている。
そして、曲の配列が絶妙で、聴き手としては、気持ちの弛緩のコントロールがしやすいこと。
たとえば、圧倒的なテンションで演奏される《テンパス・フュージット》の次の曲は、リラックスしたテンポと曲調の《シリア》が配されている。
さらに、《シリア》の次の《チェロキー》では高速テンポの演奏だが、4曲目の《アイル・キープ・ラヴィング・ユー》は、落涙ものの素晴らしいバラードという、絶妙な曲の流れなのだ。

もちろん演奏も素晴らしいが、素晴らしいだけの演奏を単に並べただけでは、聴き手としては、アルバムの流れについていけないこともある。
そう、同じく絶頂期のアルバムの『ザ・ジーニアス・オブ・バド・パウエル』の《二人でお茶を》が何テイクも続くように。
たしかに《二人でお茶を》は、火の噴くような凄まじい演奏だが、たて続けに3回もテイク違いの同じ演奏を聴かされると、気持ちが萎えてきてしまうのも正直なところだ。

当然、パウエルのように、卓越したテクニックを持つジャズマンの演奏に、親しみやすさや聴き易さを安易に求めるのはお門違いだということは重々も承知だ。
底無し沼のように深いパウエルのピアノは、真剣に聴けばとても疲れるし、特に絶頂期においての神憑り的な演奏においては相当な緊張感を強いられる。
まかり間違ってもBGMたり得る音楽ではないし、聴き手は真剣に対峙するぐらいの覚悟でパウエルのピアノに臨まないと、簡単にパウエルの迫力に押しつぶされてしまうのがオチだ。
しかし、そんなに凄まじい表現の塊のような演奏が、聴き手の集中力を持続させたまま、最後まで聴き通させてしまうのは、もちろんパウエルの抜きんでた力量もさることながら、選曲と配曲のうまさに負うところが大きいのだと私は考えている。
そして、そのことが、先述したように、他の絶頂期のアルバムと本作が一線を画する最大の理由でもある。

絶頂期のパウエルのピアノといえば、それはもう、マシンガンのようだ。
ただし、単に速いだけではない。
指さばきの巧みなピアニストは他にもたくさんいるし、オスカー・ピーターソンのように、「速弾き」はむしろ爽快感をもたらすことも多い。
しかし、パウエルのスピード感には、爽快感よりも、なにかせき立てられるように重くのしかかってくる不穏な影がつきまとっている。
得体の知れぬものが背後に潜んでいるような、重く、強く、芯のあるピアノの一音一音がすごいスピードで疾走している様が、絶頂期のパウエルのピアノの魅力だし、その魅力はヤバさと紙一重のものだ。

彼の持つ内面の音楽的な葛藤や、めくるめくスピードの奥に垣間見る、深遠で出口の無い、底無しの闇に無意識に気が付いてしまうと、あとは目を背けるか、中毒的にのめり込んでゆくかのどちらかしか選択の余地は無いのではないかと思う。

そんな鬼気迫るパウエルのピアノは、《テンパス・フュージット》や《スイート・ジョージア・ブラウン》でたっぷりと浴びることが出来る。

しかし、パウエルの凄さは、高速テンポの演奏だけではなく、バラード表現の深さにもある。
《アイル・キープ・ラヴィング・ユー》や《イエスタデイズ》、そして《ボディ・アンド・ソウル》のようなバラードの深さはどうだ。
気品すらも漂ってくるこれらのバラードは、こちらの心の奥底までをも揺さぶるような強いバイブレーションを放っていると思う。

そして、肩の力を抜いて、リラックスして演奏しているかの如くの《シリア》や《ストリクトリー・コンフィデンシャル》。何気ない演奏の中にも、聴き手を充分に惹きつけてやまない魅力が漂っている。
ちなみに、私は《シリア》という曲が大好きだ。
どこが、どう良いのかを言葉で説明するのが非常に難しいが、なんだか、とても良い気分になれる曲とアドリブだと思う。

選曲のバランスの良さ、圧倒的なスピード感、深みのあるバラード表現、そしてリラックスした演奏。
これらの要素が、バランス良く配されている『ジャズ・ジャイアント』はジャズという括りを超えて、永遠に記憶されることだろう。
(2002/05/24) 

年明け一発にかけるアルバムは、バド・パウエルの『ジャズ・ジャイアント』なことが多い。

パウエルの厳しいタッチと、激しくドライブするスピード感のカタマリのピアノを聴いて、心身ともに引き締めようと考えるから。

これは、ジャズを聴き始めのころかずっと続いている。

さすがに最近は日常的に聴きまくるほどのアルバムではなくなっているが、聴くたびに新たな発見と驚きのあるアルバムには違いがないので、このアルバムはある意味、私のジャズの受信感度や感受性を測る定点的なバロメーターになっている。

ここ最近は、聴けば聴くほど、パウエルの狂ったようなスピード感に頭がクラクラするようになってきた。 このクラクラ感は、二日酔い、乗り物酔いのそれに近い。

特に冒頭の《テンパス・フュージット》は、まさに暴走列車そのものだが、このナリフリかまわないスピード狂ピアノは、ちょっと、いや、かなり異常。相当オカシイ。

聴けば聴くほど、そう感じるようになってきた。
最初に聴いたときは、いや、その後、何十回聴いた後の感想も、「カッコいい!」だったのだが、最近は年のせいか(?)、カッコいいだけでは済まなくなってきた。

なにが、ここまで彼をそうさせているんだ?!

いまでもパウエルのスピード感はカッコいいと思うが、怖さを伴ったカッコ良さだということを身にしみて感じるようになったのは、つい最近のこと。

もう何百回と聴いているはずなんだけれども、聴くたびに怖さが増す演奏というのも珍しい。というか、なんなんだ、一体?!

通常は、聴けば聴くほど、演奏のタネが分かったり、化けの皮が剥がれたりで、謎が解けてくるものだけれども、パウエルのピアノの場合は逆。
聴けば聴くほど、かえって謎が深まるのだ。

演奏の展開や、細部の細かいフレーズなど、すべて覚え込んでいるほどなんだけれども、そういうカタチとして認知出来る以外のところのヤバい空気が、常に聴いている私の感覚に襲い掛かってくるんだよね。

私が年をとったのか、それとも私の受信感度が上がったのか…。

とにかく、3分にも満たない短い演奏の中に封じ込められている悪魔的空間に触れると、どこかに連れ去れてしまうんじゃないかという感覚に襲われるのです。

あっという間の《テンパス・フュージット》が終わり、2曲目の《シリア》でホッと一息。

ああ、やっぱり《シリア》はいいなぁ、とほんの一瞬和み、《チェロキー》で再びアップテンポの演奏。
ただし、今回のアップテンポは、どちらかというと、希望に燃える力強いアップテンポなので、《テンパス・フュージット》ほど疲れるものではない。

次の《アイル・キープ・ラヴィング・ユー》の感動的な演奏で、落涙!

アルバム前半だけでも、

狂走→和み→疾走→感動&落涙

となかなか、忙しいアルバムではあるのだ。

しかし、短い時間のなかに、人間の人生の中の営みの多くのパーセンテージが凝縮されているのもたしかだ。

まだまだ、しばらくはお世話になりそうなアルバムではある。
いや、一生、このアルバムからは足を洗えないとは思うが……。
(2006/01/04) 

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