THE AMAZING BUD POWELL vol.1 (Blue Note) |
| - Bud Powell |
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#1,2,3,6,7,8,9,13 Bud Powell (p) Curly Russell (b) Max Roach (ds) 1951/05/01 #4,5,10,11,12 Bud Powell (p) Fats Navarro (tp) Sonny Rollins (ts) Tommy Potter (b) Roy Haynes (ds) 1949/08/09 |
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《ウン・ポコ・ローコ》は、好みが極端に分かれる曲のようだ。 もちろん、私は超大好き派。これを聴いてバド・パウエルのファンになったほどの《ウン・ポコ・ローコ》好きだ。 『ジ・アメイジング・バド・パウエルvol.1』を最初に聴いたその日から、《ウン・ポコ・ローコ》の3テイクにゾッコンになってしまった。 ちょうど、私の好みに同調してくれた友人がいたものだから、聴く頻度にも拍車がかかり、朝起きても《ウン・ポコ・ローコ》、昼飯食いながら《ウン・ポコ・ローコ》、お休み前に《ウン・ポコ・ローコ》。 そんな生活も一時期はしていたものだ。 大音量で聴きたかったから、四谷の「いーぐる」でもリクエストしたし、吉祥寺の「メグ」でもリクエストした。もう十数年前の話だけど。 もっとも、「メグ」では、「マスターが家に持って帰ってしまっているので、かけられないんです。」と断わられてしまったが……。 ちなみに、「メグ」のマスターの寺島靖国氏は、著書『辛口ジャズノート』で《ウン・ポコ・ローコ》のことをケナしているので、はなから店には置いていなかったのかもしれない。そう、寺島氏のように《ウン・ポコ・ローコ》を嫌う人も少なくないんだよね。 さらに、3テイク続けて聴かされると疲れる、体力が持たないという人もいる。ほんまかいな? と私は思うんだけど。 たしかにテイク1のマックス・ローチのカウベルは少々うるさいかもしれないが、それ以外のどこが嫌われる箇所なのだろう? テンションの昂まる和音で始まるテーマ。勇壮なメロディ。ラテンタッチで、トゥンバオを刻むアドリブパート。 荒削りだが、これほど心震えるエッジのある演奏は滅多にあるまい。 「3テイク続けざまに聴かされるのはかなわん」といったって、この3テイクはまったく別物、別の音楽じゃないですか。 テイク1は、マックス・ローチのカウベルの叩くパターンがけたたましく、パウエルも手探り状態のアドリブ。急に演奏がピタッと終わってしまう不穏な空気。この「ピタッ!」とドラムソロが止んで演奏が終わるときの空気の緊迫感が怖い。 パウエルがストップの指示を送ったのだろうか? テイク2は、個人的には一番好きなテイク。 マックス・ローチのカウベルはシンプルなパターンに変化。パウエルは、テイク1で試みた内容をさらに膨らませたアドリブを取る。 演奏の勢いも申し分ない。 マックス・ローチのドラムソロの途中に、「いいかげん、終われよコノヤロー!」とばかりに強引にピアノでドラムソロを“強襲”するパウエルのピアノがなんとも迫力。 強引にテーマにもっていってしまうのだ。 ここの箇所が、コルトレーンのソロを無理やり奪うドルフィーのようにカッコいいのだが、しかし、演奏としてのまとまりといった点では問題があったのかもしれない。 だから、テイク3も録音されたのだろう。 まとまりは、やはりテイク3が一番よい。しかし、テイク1、テイク2ほどの勢いは少し薄れている。3度目の演奏は、さすがに慣れてきたのだろう。安定感と引き換えに、少し迫力がうせていることは否めない。 ブルーノートのオーナー、アルフレッド・ライオンは完璧なジャズをレコードに封じ込めるために、「一発出たところ勝負」の要素の強いジャズに、「リハーサル」を持ち込んだことは有名だ。 エネルギーと瞬発力だけではなく、演奏のクオリティをも大事に考えたプロデューサーなのだ。 そのライオンが、《ウン・ポコ・ローコ》を立て続けに3曲も並べているのだから、3つのテイクはそれぞれ聴く価値があるということだ。 制作過程までをも敢えてレコードの溝に封じ込めたライオンの意図は、この3つのテイクは、どれもが聴く価値がある。 「通して聴いて欲しい」。 これに尽きるのではないか。 だから、間違ってもテイク1、2をスキップして、マスターテイクのテイク3だけを聴かないように。テイク3までに至るスリリングな道のりを味わわねば、パウエルの《ウン・ポコ・ローコ》の魅力は半減してしまうのだから。 3つがバラバラな曲として存在するのではなく、1つの組曲として私は聴いている。演奏時間の比較的短い3つの演奏だが、そこには火傷をするようなヒリヒリとしたジャズマンの創作過程が封じ込められているのだ。 つまり、曲、演奏を楽しむということのみならず、ドキュメントをも我々は楽しむことが出来るというわけ。 曲調ウンヌンで好き嫌い言ってる人は、まずは黙って「通し聴き」をしてみよう。 曲、リズム、メロディで捉えるのではなく、全体的な大きな流れ、そして音のドキュメントとして、もっと大きく捉えてみては如何だろう? |
| (2006/10/13) |
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