PEACE BEYOND PASSION (Maverick) |
| - Me'Shell Ndegeocello |
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Me'Shell Ndegeocello (b,vo,g,per) Joshua Redman (ts) #2,3,6,10 Bennie Maupin (bcl) #3 Wah Wah Watson (g) #1,5,8,12 Wendy Melvoin (g) #2 Allen Cato (g) #4 David Fiuczynski (g) #4,7 Wendy Melvoin (g) #6,7,10 Federico Gonzalez Pena (el-p) #4,5,12 Billy Preston (org) #3,8,11 Oliver Gene Lake (ds) #3,4,5,8,10,12 David Gamson (ds) #6 (ds programming) #9,10,11 Daniel Sadownick (per) #1 Federico Gonzalez Pena (per) #1,2 Luis Conte (per) #3,4,5,7,10,12 David Gamson (ds programing) #1,3 Paul Riser (string arrangement) #5,8,12 1996年 |
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もし、ベースの神様が私の前に現れて、「そなたが憧れのエレクトリック・ベーシストのノリとテクニックを、そっくりそのまま授けてしんぜよう、ただし1人だけじゃ」と言ったら、私は誰のベースの技術を神様に移植してもらうだろうか? ジャコ・パストリアスでも、アンソニー・ジャクソンでもない。ジェームス・ジェマーソンでも、チャック・レイニーでにも憧れるが、もっと「この人のように弾いてみたい!」というベーシストがいる。 おそらく、ミッシェル・ンデゲオチェロのようなベーシストにしてください! とお願いするだろうな。 それほど、私は彼女のベースに心酔している。 ノリ、粘り、ダークさ、黒さ。どれもが他のベーシストよりも傑出している。シンプルなフレーズにも目の眩むようなウネリを加味出来る彼女のベースは、まるで低音の化身のよう。 私が弾きたいベース、私が出したいノリ、私が出したい音色のすべてを彼女はサラリと具現化してしまっている。 いやはや、スゴイ、素晴らしい。 彼女が生み出す低音のディープなウネリは、快楽が下半身を直撃する。おまけに、ヴォーカルも粘りがあって重い。ソウル臭がムンムン。 もし、私が女性ジャズシンガーで、現れた神様が「そなたになりたいジャズシンガーの声とフィーリングを授けよう」と言われたら、カサンドラ・ウイルソンではなく、もっと重心が低くて腰のあるミッシェル・ンデゲオチェロになりたい!と叫ぶだろう。 …と、妄想話はここらへんにして。 私は仕事に行き詰まったり、時間の空きが出来ると渋谷の街をブラつくことが多い。 そして、そのときはiPodのボリュームを最大にして、大好きなミッシェル・ンデゲオチェロの『ピース・ビヨンド・パッション』をよく聴く。 重くてストイックなソウルを聴きながら渋谷の雑踏の中を歩くと、「ああ、オレってなんてカッコいいんだろう」と、かなりナルシスティックな気分にひたれマス。 特に、1曲目から2曲目にかけての流れが最高。 何かを予感させるようなアルバム全体のイントロとでもいうべき《ザ・ウーム》、メドレー的にンデゲオチェロのカッコいいヴォイスからなだれ込むように重たいビートが開始される《ザ・ウェイ》。この曲はベースが最高。 シンプルだが、重たいベースだ。このような重たいビートは、きっと日本人や白人には絶対にむりだろうな(だから神様にすがるしかないのかも)。 3曲目の《ニガーマン〜申命記》は、今度はドラムがカッコ良すぎる。 特にイントロのフィル。続いて少しつんのめるようなビートと、それを支えるンデゲオチェロのベースは、歪んだ音色。 ベースに歪みをかけると、どうしてもアタック感と太さが犠牲になるので、弾く際には工夫が必要だが、ンデゲオチェロのベースラインの組み立て、音を出すタイミングは申し分なし。しかも、滅茶苦茶黒い。 さらに、曲中盤のフリーキーなサックスのソロは、なんとジョシュア・レッドマン。 自己名義の4ビートジャズのアルバムとはまったく違うスタイルで咆哮している。 冒頭の3曲を聴きながら歩くだけでも、気分はニューヨーク。いまひとつパッとしない渋谷の街の風景も、脳が勝手にニューヨークの風景に再構築をはじめている。 ほんと、私、このアルバム好きです。 同列に並べるのもどうかとは思うけれども、ンデゲオチェロを聴くようになってから、同じファンクだと、ジェームス・ブラウンやプリンスはほとんど聴かなくなってしまった。 JBやプリンスよりもンデゲオチェロのほうが音楽的に優れているとか、そういうわけではなくて、単に気分、好みの問題。 実験精神を持ちながらも、最終的には、どの曲もキャッチーなテイストに満ちた作品に落とし込むプリンスの作品は、かならず、優しく、甘い。とてもスィートなんだ。 このテイストと対極なのが、フランス国籍の女性黒人ヴォーカル&ベーシストのミッシェル・ンデゲオチェロなのだ。 彼女のサウンドは、どこまでもまったりと重く、限りなくビターだ。 『ビター』というアルバムも出しているから、というわけではないが、その1つ前のアルバム、『ピース・ビヨンド・パッション』も、ものすごくバネのある、眩暈がするほど、とてつもないグルーヴを生み出しながらも、アルバム全体に漂うムードはダークでビター、としかいいようがない。禁欲的ですらある。 もう数年前から私はこのアルバムの魅力にやられっぱなし。一時期は聴いていない時期もあったが、最近思い出したように聴いたら、再びハマッた。 たぶん、この種のテイストのソウルが一番私の身体にはシックリくるのだろう。現代最高のソウル(ファンク)ミュージックと言いきってしまってもイイぐらい。 あらゆる意味で、ブラックミュージックが産み落とした至宝と呼んでも過言ではないほど。 彼女の使用ベースはフェンダーのオールドのジャズベース。 いいじゃないの、いいじゃないの。 しかも張っている弦は、フラットワウンド。 滅茶苦茶イイじゃないですか。 身体が裏返ってしまうんじゃないかと思うほどのノリは、このモッコリ&マッタリした音色によって奏でられているのだ。 ベース好きにはたまらない音色とセンスあるラインがこれでもかとばかりに繰り出されるのだ。 もちろん、ヴォーカルも素晴らしい。低音気味な甘い声色の素晴らしさといったら。ベースを弾かず、ヴォーカルだけでも、滅茶苦茶スゴい歌手として脚光を浴びていたころだろう。 ミッシェル・ンデゲオチェロ。舌を噛みそうな名前だが、是非是非、この名を覚え、ショップで見つけてみて欲しい。 お子様には分からない、大人の深みのあるソウルがこのアルバムには漲っている。 |
| (2006/08/10) |
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