THE SIXTH SENSE (Blue Note) |
| - Lee Morgan |
|
|
Lee Morgan (tp) Jackie McLean (as) Frank Mitchell (ts) Ceder Walton (p) Victor Sproles (b) Billy Higgins (ds) 1967/11/10 |
|
|
|
レッド・ツェッペリンの《ロック・アンド・ロール》をパワーダウンさせたようなドラムのイントロが印象的なタイトル曲。 ハイハットではなくシンバルで8ビートを刻み、音程高めにチューニングされたタムタムとスネアドラムでコポコポとオカズがはいる急速調なドラミングだ。 この野暮ったいのだか、洗練されているんだかよく分からない微妙なドラミングを施すのは、「おぉ、ここでも叩いていたのか!」のビリー・ヒギンズ(笑)。 モーガンのトランペットも、マクリーンのアルトサックスも哀感のこもったフレーズの応酬だが、ベッタリとした野暮ったさを感じさせないのは、急速調でカラッとしたヒギンズのドラムのお陰なのかもしれない。 ひとくちにジャズ・ロックというが、ジャズ畑のドラマーが叩く8ビート調のリズムは、ロックのニュアンスからはから遠い。 むしろ本家ロックよりもボサのリズムをせわしなくしたもののほうが多い。 しかし、ボサ調のリズムの延長なのかというと、必ずしもそうとは言い切れず、たとえば、ハンク・モブレイの《リカード・ボサ》なんかは、タイトルのボサをイメージして聴くと、純正なボサ調のリズムはほど遠かったりする。 他にも《ブルー・ボサ》というボサのつくタイトルの曲があるが、これらのジャズマン演奏するボサとは、ボサのリズムは意識しているんだろうけれども、正しくボサとは言い切れない独自の解釈、独自のディフォルメがほどこされた、結果的には“ジャズ的なボサ”としか言い様のない珍妙なビート感で彩られることになる。 アメリカのジャズマンはボサのリズムが苦手だったのかな? なんて仮説も浮かんでくる。 あるいは、ジャズとの親和性が非常に高いボサノヴァではあるが、本場のジャズマンとしては、ボサノヴァというスマートで洗練された音楽に対しての複雑かつ近親憎悪的な感情がもしかしたらあり、「やれば出来るけど、“まんま”はやらないもんねぇ」という屈折した感情があったのかもしれない。 いずれにしても、ジャズが4ビートというリズムフィギュアでは飽き足らずに、発展的に他ジャンルのエッセンスを求めた時期――ジャズロックがその典型だが、その中には時代的にもボサノヴァのリズムも大きな比重を占めていたことは疑いようもない。 さらに、この時期は、ちょうど従来のコード進行に則ったアドリには飽き足らずに新しい響き、モードなどを取り入れた新主流派のスタイルの台頭、発展とタイミングが一致する。 しかし、モードに基づくアドリブにしろ、“8”を感じさせるビートにしろ、いずれも突然変異的に新しくなったのではなく、必ず根っこの部分は4ビートのニュアンスと訛りが根強く残っているところが面白い。 だから、この《シックス・センス》のイントロのように一瞬、ツェッペリンの8ビートに偶然似てしまったリズムが出てくるにもかかわらず、ジャズの8ビートと、ロックの8ビートは、本質的にリズムのテイストがまったく違う“語圏”に属していることに気付くことに時間がかからないのは当然のことなのだ。 ジャズが持つ雑食性と、我田引水っぷりは、日本人が海外の言葉を日本語化してしまうことが得意なことと同じなのかもしれない。 「ガソリンスタンド」、「ノートパソコン」など、英語の言葉を日常的に取り入れ、何の違和感もなく日常会話をしている我々だが、本場の言葉の発音とは似て否なる日本語式発音な上に、本国には無い言葉までそれっぽく生み出してしまうのだから。 「ガソリンスタンド」は、本場では「ガスステーション」だし、「ノートパソコン」という英語は存在せず、正確には「ラップトップ」だ。 つまり、漢字から仮名文字が生れたように、日本人は、意識的に、あるいは半ば無意識的に、外来の文化を自分たちが使いやすいように、自分たちの生活文化にしっくりとフィットするように改造を加えてしまうのがうまいことは、皆さん周知のとおり。 他文化を飲みこんでしまう吸収力と、なんとなくそれっぽく馴染ませてしまう「改変力」の強さは日本の言葉文化のみならず、ジャズにも似たようなことが言えそうだ。 貪欲な雑食性。 これは、そもそもニューオリンズで異なる文化同士の衝突により発生した経緯そのものから宿命づけられた特質と言っても良いだろう。 異なる文化、異なるジャンルを飲み込み、吸収すること。 これによって、ジャズはバージョンアップを繰り返し、多様なスタイルが生み出され、あるときは異文化の意識的な吸収が延命措置にすらなっている……。 新主流派、ジャズロック、ファンキージャズ、フリージャズなど、様々な“ジャンル内ジャンル”が登場した60年代。 混沌としていながらも、エネルギッシュな演奏が多く、ジャズがもっとも、そして、最後に熱かった時代なのかもしれない。 この時代は、季節で言うと夏。 様々な音が実り、百花繚乱の時代ではあった。 もちろん、このリー・モーガンのアルバムもジャズの真夏の時代に実り、収穫された栄養たっぷり、元気一杯、力のこもった逸品だ。 |
| (2007/03/19) |
|
|
|
|
All Rights Reserved. |