FULL LOAD (ディウレコード) |
| - 森山威男 |
|
|
森山威男(ds) 百瀬和紀 (per) 山口保宜 (per) 1975年 |
|
|
|
1975年に、山下洋輔のフラスコ・レーベルより発売されたレコード、森山威男初リーダー作。 今年(2009年)の春にようやくCD化されたが、それまではかなり高価な価格でレコードが取り引されていたという。 編成は、クラシック畑のパーカッション奏者2名と、森山威男のドラムによる即興演奏だ。 クレジットには、百瀬和紀と山口保宜の両名はパーカッションと表記されているが、実際のところはヴァイブラフォンやマリンバという“音階のある打楽器”が中心に演奏されている。 この猛々しさと勢いは、70年代の日本のフリージャズならではのアングラチックな匂いと、攻撃性がある。 というよりも、森山威男在籍時の山下洋輔トリオそのもののサウンドと言っても差し支えないと思う。 つまり、坂田明(あるいは中村誠一)のサックスが抜け、山下のピアノと森山のドラムの一騎打ちになった時のサウンドと瓜二つなのだ。いや、そのものといっても良いだろう。 楽器の音色がピアノではなく、ヴァイブラフォンやマリンバに変わっただけの山下トリオの演奏といっても過言ではない。 たとえば《デュアル・ボード》などは、そのドラムのパターンにしろ、 要所に挿入される“すかたこつく”といったフィルインにしろ、 演奏後半に出現する“そろそろ終わりのクライマックスに突入するんだろうな”と思わせる3音連続のキメにしろ、これらは『山下洋輔トリオとブラス12』の《ハチ》と瓜二つ、というかそのままの内容で、《デュアル・ボード》と《ハチ》は異名同曲なのではないかと思うほど。 つまり、山下洋輔はエッセイなどで、自分たちの演奏をドシャメシャのフリーと表現してはいるが、彼らのドシャメシャ演奏というものは、「ドシャメシャにやった結果、結実した手癖とパターン」に裏打ちされたものなのだということが、山下抜きの森山ドラムを聴くことによって、逆にハッキリしてくるのだ。 私はフリージャズ時代の山下洋輔の演奏は好きだ。 その大きな理由が「エキサイティングで分かりやすいから」。 そう、私は山下洋輔トリオの演奏を難解だと感じたことは一度もない。 パワフルだし、勢いがあるし、演奏の盛り上げと落とし所が、すごくハッキリしているからだ。 まるで、マンガやプロレスを鑑賞しているような娯楽感に満たされ、要するに“楽しい”のだ。 そして、森山威男のリーダー作を聴くと、私が常に感じていた「分かりやすさ」のもう一つの要因がハッキリと浮かび上がってくる。 それは、フリーといえども、結局はパターンの集積によって成り立っている予測可能な音楽だということ。 このことが、森山の初リーダー作によって、より一層はっきりしてくる。 もちろん、予測可能なパターンの累積音楽だからといって、それが悪いというわけではない。 そんなこと言ったら、歌謡曲などのポップスなどは聴けなくなってしまう。 むしろ、予測可能な即興演奏が、もの凄いパワーと疾走感で演奏されていたからこそ、フリー時代の山下洋輔の音楽は、当時の時代の熱気とシンクロして若者たちから絶大な支持を受けたのだろうな、ということ。 表向きは破壊的、しかし、どこかに必ず予定調和の意思も潜んでいる。このバランス感覚が日本人的メンタリティにしっくりときたのかもしれない。 『フル・ロード』は、パワフルな森山威男のドラミングを味わうにはもってこいのアルバムだし、彼が叩きだすドラムのエネルギーはこちらの気持ちを鼓舞するものがある。 猛々しいドラムだが、その猛々しさと反比例するかのように、山下洋輔トリオの演奏に慣れた耳には安心して聴ける心地よさがある。 ある意味、“刺激の耐性”が出来あがってしまった耳には、過激なリラクゼーション・ミュージックとして心地よく響いてくれるのだ。 |
| (2009/12/21) |
|
|
|
|
All Rights Reserved. |