THE THREE AND THE TWO (Contemporary) |
| - Shelly Manne |
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Selections #1-6 Shelly Manne (ds) Shorty Rogers (tp) Jimmy Giuffre (cl,ts,bs) Selections #7-12 Shelly Manne (ds) Russ Freeman (p) #1-6 1954/09/10 #7-12 1954/09/14 |
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ペンギンさんのお洒落なジャケット。 しかし、注意しなければいけない。ただ単に可愛いだけのペンギンではないのだ。“毒ペンギン”なのだ。 聴き手を中毒状態に陥らせる毒を持っているのだ。 青酸カリのような露骨な毒ではない。内舘牧子の「毒を一匙」(『週刊読売』連載)ではないが、さり気なく盛られているので、聴き手は気付かぬうちに、病み付きになっているという寸法。 ポイントは、フォーマット。 “そこはかとなく普通じゃないフォーマット”から生み出される、“リトル・ストレンジ”なサウンドがポイントなのだ。 バド・パウエルの曲でラテン語で言えば《ウン・ポコ・ローコ》=“ちょっとヘン”。 そう、“リトル”にあたる“少しだけ”というところがポイントで、耳に抵抗感を感じさせずに、ほんの少しだけ気になるサウンドの肌触りが、このアルバムを何度もリピートさせてしまうポイントなのだ。 前半の“ザ・スリー”のパート、つまり“トリオ編成”の楽器編成は、ドラムとトランペットと木管楽器(クラリネットかテナーかバリトンサックス)となっている。 後半の“ザ・トゥー”のパート、つまり“デュオ”における楽器編成は、なんと、ドラムとピアノという珍しい編成。 いずれの編成もベースが不参加。よって、浮遊感のある風通しの良いサウンドだが、だからといってベースがいないからといって、べつだん気になるほど、ヘンな演奏というわけでもない。つまり、ちょっとだけ「おや?」となる程度のサウンドの肌触りが“リトル・ストレンジ”というべき内容なのだ。 ジャケットのイラストのとおり、まさしく涼しく心地よいサウンドとなっている。 この心地よさって、サウンドの“スカスカ感”からくるものが大きく、各楽器同士の音と音の距離感の心地良さの功績ともいえる。 前半においては、管楽器同士のアンサンブルの妙が楽しめる。 とくに、《フリップ》や《スティープル・チェイス》などの、2つの管楽器同士のメロディのカウンターの取り方は、ほど良い距離を置いて、つかず離れずの心地良い関係を保っている。 《ニューヨークの秋》の、えらく“ニューヨークではない”秋っぷりも面白い。 もちろん、《アブストラクト・ナンバー・ワン》のような多少エグ目な曲もあるが、これもタイトル通り、アブストラクト(抽象的)な無調っぽい旋律が逆にクールな涼しさを醸し出していて、グッド。 2つの管楽器の絡みの間を縫って叩き出されるシェリー・マンのドラムは、非常に立体的に聴こえる。 メロディを聞きながら、かなり緻密に計算しながら演奏の屋台骨を構築し、かつ、デコレーションしているように聴こえる。この立体的なドラミングは聴き応え充分。 彼のドラミングのテクニックはもとより、“速いが意外と粘る”彼のタイム感覚も他のアルバム以上に味わえる演奏となっている。 後半のピアノとのデュオも同様で、彼のドラミングは冴えわたっている。 しかも、ハンプトン・ホーズ的なブルージーなフレーズを紡ぎだすピアニストはなんと、カール・パーキンスだということにも驚き。 たとえば、アート・ペッパーのバックでシャクシャク・パリパリと歯切れの良いピアノを弾いている彼と比較すると、かなり泥臭いピアノだ。 ベース不参加ゆえに意図的に弾いているのかもしれないが、かなり低音部を駆使した奏法が印象に残る。 トリオのフォーマットも、デュオのフォーマットも、いずれにせよ、ベースの不在によって醸しだされる雰囲気は独特なものがある。 もちろん、ベースレスというフォーマット自体、それほど珍しいフォーマットとは言えないが、ベースレスゆえにこのアルバムにしか出せない雰囲気が醸成されていることも確か。 適度によそよそしい冷ややかさもあり、私、このアルバム、かなり好きです。不可思議かつ気持ちの良い空間を、ミステリー小説でも読みながら味わってみよう。かなりハマるかもしれない。 |
| (2004/07/30) |
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