SONG X (Geffen) |
| - Pat Metheny/Ornette Coleman |
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Pat Metheny (g) Ornette Coleman (as,vln) Charlie Haden (b) Jack Dejohnette (ds) Denardo Coleman (ds) 1985/12/12-14 |
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「パット・メセニーは、オーネットの音楽を分かっていない」 ずいぶん前のことになるが、ジャズ雑誌のインタビューで、このようなことを語っていた日本人ギタリストがいた。 ジャズや古いロックを論じる際に、特に中年男性が好んで用いがちな言葉の一つに「わかってる/わかってない」がある。 私はこの言葉が嫌いだ。 なんだか、耳にした瞬間、口の匂いが立ち食いそばのネギ臭いオヤジが浮かんでしまう。あるいは、朝、トーストに塗り過ぎたバターの匂いの息を満員電車の中で吐き散らかしているオッサンの姿や、痰のからんだタバコ臭いオジサン咳。 というのは半分冗談で、いや本当は冗談じゃないのだが、なにが嫌いなのかって、この言葉そのものよりも、この言葉が使われる背景、使う人間の神経がイヤなんだな。 だいたいこの言葉を使う対象のほとんどが自分ではなくて他人でしょ? 「ヤツは分かっていない」といったようにね。 別に分かってなくてもいいじゃんかボケ、と思うのは私だけだろうか? 他人の音楽の好みや理解度にまでああだこうだ干渉したり口出ししたがるお節介な神経は、ほんと鬱陶しい(あ、べつに私、最近誰かに「分かってない」と言われたわけではないし、「分かってない」と説教されている人を目撃したわけでもありませんので念のため)。 この他人の理解度、しかも“どこまで分かっている(分かっていない)のか”という客観的な測定基準の無いことを云々すること自体不毛だし、こういう発想そのものがスーパーの帰りの道端で人様のウワサ話に興じるオバサンにも共通した鬱陶しさにも通ずる。 もっとも最近は、そういった手合いは午後のファーストフードやファミリーレストランでも目撃しますが。 「わかっている/分かってない」を云々する暇があるんだったら、新譜の一枚にでも(中古でもいいけど)黙って耳を通していたほうがまだいいってもんだ、と私は思う。 だって、趣味なんだからね。好きな時間に身銭を切って楽しむことなんだから。 もっとも、それで飯を喰っている評論家が“分かっていない”のは問題だけれども。ま、対象はあくまで、普通に趣味でジャズを聴いている人同士の話。 えーと、何の話だったっけ? そうそう、パット・メセニーだった。 メセニーがオーネット・コールマンを「分かっていない」と言ったギタリストがいたという話だった。どうも、ちょっと音楽に詳しいオッサンの「分かっている/分かってない」というセリフが嫌いなので、過剰に脱線してしまった。スイマセン。 しかし、私は『ソングX』のメセニーを聞く限り、件のギタリストの発言、「そうなのかなぁ?」と思う。 もちろん、私はオーネット・コールマン提唱するところの“ハーモロディック理論”なるものを理解しているわけではないので、“音の触感”だけを頼りに判断しているわけだが、ここでのメセニーはきわめてオーネット的だと思う。 あるいは、オーネットに同化している、といってもいい。 さらに、もう何も言うことのないぐらい完璧にオーネットの“影”としての役割もこなしている。 メセニーという影が濃ければ濃いほど、オーネットの輪郭がいっそう際立ってくるわけで、そういった意味では、メセニーというよりはオーネット・コールマンのアルバムとも言える。 このアルバムはショップへ行くとパット・メセニーのコーナーに置かれているが、私はこのアルバムは、メセニーよりはオーネットのアルバムとして聴いている。 オーネット・コールマンを聴きたいときに、「じゃあプライム・タイムと『ソングX』のどちらを聴こうかな?」となることはあるが、メセニーを聞きたいときには、間違っても『ソングX』は選択肢の候補にはあがらないからね。 いずれにしても、オーネットに“同化”し、オーネットの“影”を演じるには、深いレベルでオーネットの音楽を理解していないと出来ないわけだから、「わかっていない」発言を思い出すたびに、いつも頭の上に「?」マークが浮かび上がるのだ。 私は、『ソングX』の一連の演奏からは、『フリー・ジャズ』の演奏を強く感じる。オーネット初期のリーダー作で、問題作とされている作品だ。 オーネット・コールマンとエリック・ドルフィーの二つのカルテットによる“同時演奏”のアルバム。 きっと、フォーマットと試みゆえに“問題作”とされているのだろうけど、試みの成否や過激さを忘れ、何も考えずに音を浴びるように聴けば、“純粋かつ単純な音の気持ち良さ”を感じとれるアルバムでもある。 『フリー・ジャズ』と『ソングX』。 この2枚に共通している快感原則は、“音のうごめく様のリアルさ”に尽きると思う。 いや、本当のところのオーネットの意図はよくわからない。 もしかしたら違うのかもしれない。 ただ、いちリスナーとしての快感を報告すると、まるで生命をもったかのような弾力性のある音色群が、まるで湯の中に放り込まれた海老のようにピチピチと躍動する様が気持ちいい。 『フリー・ジャズ』においてはもちろん、コールマンとドルフィーのサックス。『ソングX』においてはメセニー。フォーマットは違うが、感じる肌触り、快感はまったく同種のものなのだ。 特にアルバムの中では一番の長尺の<3>の圧倒的な音の洪水の気持ちよさといったら。 元気に躍動する音に身を任せることが出来れば、この音楽ほど無邪気で楽しいものもない。 過激に無邪気。 決して「難解」なアルバムではない。 |
| (2003/12/31) |
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