NEW AND OLD GOSPEL (Blue Note) |
| - Jackie McLean |
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Jackie McLean (as) Ornette Coleman (tp) Lamont Johnson (p) Scott Holt (b) Billy Higgins (ds) 1967/03/24 |
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なんといっても、《ライフライン》でしょう。 このエマージェンシー感。なにかに急き立てられたような切迫感はただごとではない。 作曲のクレジットはマクリーンとなっているが、この単純なフレーズがクルクルと旋回するニュアンスは、完全にオーネットの作風だ。当時のマクリーンは、かなりオーネットの音楽に刺激を受けていたと思われる。 そして、実際にジャッキー・マクリーンとオーネット・コールマンの共演が実現したのが本盤。それだけでも興味深いアルバムだが、内容は期待を上回る出来。 この演奏が録音された1967年3月の時点においてのジャズは、確実に巨大な熱量をもって、新たな境地へと力強く前進をしていたのだ。 オーネットは、アルトサックスは吹かずに、トランペットのみに専念しているのが残念といえば残念だ。 アルト奏者としての自分の役割はマクリーンに託し、相方のトランペッター、ドン・チェリーの役割に徹してみたかったのか? 1曲ぐらいアルトを吹いてくれても良いのに。 二人ともサックスのピッチが甘く、若干下がり気味の音程に、強くブルースが感じさせるタイプのプレイヤーだ。 その点が2人の「持ち味」なのだが、この2人が共演することによって、フィル・ウッズとジーン・クィルとはまた違った 「双子なアルト」を楽しめたのではないかと思うと少々残念ではある。 しかし、オーネットのトランペットも、独特のサウンドのテイストに貢献していることは確かだ。 ヴァイオリンとともに、あまり評判のよろしくないオーネットのトランペットだが、たしかに彼のトランペットの腕は、怪しいものがある。 しかし、このテクニックの怪しさが、この種の音楽においては効果を倍増させることもある。 具体的に言うと、オーネットのトランペットは、鳴っていない。いや、もちろん音は鳴っているけれども、オーネットの実力では100パーセント楽器を鳴らしきっていないということ。 本職のトランペッターが吹くような伸びやかでハリのある音ではなく、鳴りきらない楽器を力づくで振動させようとした音。つまり、アタックは強いが、伸びのない音となり、つまるところ、「寸詰まりな音」になる。 この寸詰まりで苦しそうな音は、軽やかさとは対極の音色だが、音が重く密度が異常に高い。 この音色を、オーネットは、空間というキャンパスに力強く叩きつける。オーネットのみならず、マクリーンも短く瞬発力の強い音でアルトの音色を空間に叩きつける。 ピアノも同様、ドラムもそうだ。 楽器が一丸となって、重い音のカタマリを渾身の力で叩きつけ、空間を揺るがすのだ。これはたまらない。空気が悲鳴を上げながら振動する。 この振動は、最終的には我々の耳を直撃。ただならぬ緊迫感が逆に心地よく刺激してくれるのだ。 だから、これは、オーネットのトランペットの巧拙で聴くべき演奏ではないのだ。 サウンドの力強さを感じるための演奏なのだ。 奇妙に捩れたオーネットのトランペットがマクリーンの熱さを良い意味で引き立てており、オーネットの役割は、マクリーンの“かませ犬”としてではなく、“サイドマンとしてのオーネット”は、自らの役割を心得た見事な活躍ぶりといえるかもしれない。 当時のマクリーンは、オーネットの音楽からかなりインスパイアされたはず。『レット・フリーダム・リング』や『ワン・ステップ・ビヨンド』でオーネットサウンドの試みに近づこうとしていた。ゆえに、オーネットの試みをいち早くつかみ取り、音でもって見事に共振している。 マクリーンも、出す音出す音のいちいちがフラットしている上に、流麗なフレーズを紡ぎ出さずに、むしろ詰まったようなフレーズを吹くサックス奏者。つまり、味はあるが、決して楽器コントロールに卓越した技量の持ち主ではない。 だからこそ、この演奏では、その「拙」の部分の効果が倍増している。 楽器演奏の名人ではないこの二人が怒りにまかせて音を叩きつける。 名手だったら、きっと軽やかに少ない力で戦うところを、彼らは全力で息を吹き込み挑みかかるように音を鳴らす。 この迫力、切迫感が聴き手にも大きな共振をもたらしてくれるのだ。 なんだかよく分からないけれども、吐き出される音の勢いにいつのまにか説得されてしまう。 2曲目のタイトル曲は、タイトル通りゴスペルそのもの。ゴスペルの高揚感、そして“歓喜”を発狂寸前のハッピーな演奏で絢爛に彩っている。 昔ながらのゴスペルのフレバーを下敷きにしつつも、枠組みを少しずつ破壊、あるいは伸張さるかのような演奏。 まさに、タイトル通りの試みといえる。 この何かに取りつかれたような迫力の熱演は、ぜひ大音量で味わって欲しい。 |
| (2008/02/11) (加筆修正 2009/11/17,2010/10/10) |
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