MARSALIS PLAYS MONK STSNDARD TIME vol.4 (SME) |
| - Wynton Marsalis |
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Wynton Marsalis (tp) Walter Blanding (ts) Victor Goines (ts) Wessell Anderson (as) Wycliffe Gordon (tb) Eric Reed (p) Ben Wolfe (b) Reginald Veal (b) Herlin Riley (ds) 1993/10/03 & 04 1994/09/17 & 18 |
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ウイントン・マルサリスの『プレイズ・モンク』は、少なくとも私にとっては、あまり面白いアルバムではなかった。 一言で言ってしまえば、覇気がないのだ。 アレンジは綿密だ。 しかし、音楽学校の優秀な生徒たちを集めて発表会をしているような内容で、勢いや躍動感が感じられない。 モンクをリスペクトする気持ちはよく分かるが、原曲に忠実になりすぎだと思う。 ウイントンが声高に主張しているように、伝統を尊重する姿勢も確かに必要なのだと思う。しかし、伝統の奴隷になっても仕方が無いだろうとも思う。 たとえば、オリバー・ネルソンが『モンクス・ブルース』というアルバムで、モンクの曲をまるでディズニー映画で使ってもおかしくないような、あまりにキャッチーすぎて赤面してしまうほどのアレンジを施したアルバムがあるが、やはりモンクの曲はモンクの曲のままだった。 モンクの曲は、誰がどのように料理しようが、呆れるほど素材の骨組みやアクが保たれるほど、強固な存在感が最初からあるのだ。 神妙に、馬鹿丁寧に、イメージを壊さないように、などという下手な気遣いは無用。思いっきりぶち壊すぐらいの勢いで演奏しても、気付いてみれば、しっかりとモンクというお釈迦様の手の平の上なのだから。 私はウイントン・マルサリスのアルバムは熱心にチェックしているというわけではないが(どちらかというと兄のブランフォードの方のファンだ)、彼の『スタンダード・タイムvol.1』はいまだに愛聴している。 初めて聴いたときは強い衝撃と、新鮮な驚きを感じた。 《パリの4月》や《枯葉》に見られる、斬新で、気持ちの良いテンポチェンジを始めとして、手垢のついたスタンダードに精密かつ大胆な仕掛けを施した演奏が楽しめる。 《チェロキー》などは、モロにクリフォード・ブラウンのパクリだが、誰にでも出典の分かるスタイルを敢えて引用するところに自信の程が伺われ、本家ブラウニー(クリフォード・ブラウン)と比較しても遜色の無い演奏っぷりに多くのジャズファンは「やるな、小僧」とニヤッとしたことだろう(私だけか?)。 何より、演奏にハリと勢いがある。瑞々しい。 トランペットのコントロール技術は見事だが、それ以前に自信に満ち満ちたウイントンの顔が見える。 ところが、今回の『プレイズ・モンク』には全くといっていいほど、ウイントンの顔が見えてこない。 奥に引っ込んだ感じ。 アレンジやアンサンブルの関係もあるだろうから、猫も杓子も前面にしゃしゃり出れば良いというわけでもないが、演奏の構成員の一人として溶け込んでしまいすぎている感じで、ぼんやり聴いていると「あれ?今のソロ、ウイントンだったの?」ということになりかねない。 それ以前に「ウイントン・マルサリスのアルバムだよね、これ?」という思いがよぎる瞬間が何度もある。 これは一体どういうわけなんだろう? モンクの楽曲の個性が強すぎて、ウイントンが押し潰されてしまったのか? あるいは、アレンジ重視のアルバムに、演奏者個人個人の個性を期待し過ぎる私の姿勢が間違っているのか? それとも、『スタンダード・タイム vol.1』なみに自分を驚かして欲しいと期待しすぎていたのがいけないのだろうか? いずれにしても、このアルバムでのウイントンは元気がない。 これではモンクも墓の中で泣いているだろう。 音楽学校でアレンジや作曲を学んでいる人の参考にはなるのかもしれないが……。 |
| (2002/10/22) |
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