OPUS DE JAZZ (Savoy) |
| - Milt Jackson |
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Milt Jackson (vib) Frank Wess (fl,ts) Hank Jones (p) Eddie Jones (b) Kenny Clarke (ds) 1955/10/28 |
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吉祥寺のジャズ喫茶「メグ」のマスター、寺島靖国氏が、何かの本で非常にツボをついた表現をしていた。 このアルバムでベースを弾くエディ・ジョーンズのベースのことを「油田から湧き上がるような」と。いやはや、まいった。じつにうまい喩えだ。 この「油田」「湧き上がる」という言葉を念頭に入れて再度『オパス・デ・ジャズ』を聴くと、さらにその感慨は増す。 軽やかに疾走するフランク・ウエスのフルートと、心地よいタイミングでマレットを振り下ろすミルト・ジャクソンを支えているのは、まぎれもなく、むっくりと地面の底から柔らかく突き出るかのような、エディ・ジョーンズの頼もしいベースの低音なのだ。 難しいことなんて何一つやっていやしない。オーソドックスに4ビートを刻んでいるだけだ。音のバランスだって、ことさら低音が強調されているわけでもない。それなのに、なんなのだろう、このゆったりとした存在感は? このアルバムをかけている間だけ、時間の流れが変わる。ゆっくりと心地よく流れるのだ。エディ・ジョーンズの作り上げた柔らかい時間は、極端なことを言えば、一拍一拍が悠久で、かつ1小節ごとが柔らかく心地よい。 ゆるりとリラックスして聴けるこのアルバムの土台をどっしりと築き上げているのは、まぎれもなく、エディ・ジョーンズのベースだ。柔軟で、暖かく、過度に主張することなく、他のメンバーの演奏を暖かく見守るように、邪魔にならない位置から、優しく低音で包むベース。懐が深いとは、まさに彼のベースのためにある言葉だと思う。 エディ・ジョーンズの太くて優しい波動を、控えめながら優しく彩るのがハンク・ジョーンズのピアノ。 彼のピアノも趣味が良い。よくよく注意していないと、それこそ聴き逃してしまいそうな、さり気なさ。しかし、的確に演奏のツボを抑え、長尺演奏を退屈させることなくピリリと締めているのは、まぎれもなくハンク・ジョーンズのピアノなのだ。 この頼もしい2人に支えられて、ミルト・ジャクソンとフランク・ウェスは、楽しげにアドリブを繰り広げる。 このアルバムをお持ちの方は、最初にベース、次いで、この二人のフロントの音を追いかけて欲しい。 本当の名手は、単調なことを退屈させない術を心得ているということが実感として分かることと思う。 何百回もの再聴に耐えうる、さり気なくも大名盤だ。 |
| (2006/11/06) |
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なんの仕掛けもなく、ただただ演奏者たちがリラックスして奏でた音が、そのまま心地よさとして聴き手に伝わってくる。 悪く言えば、ソロオーダーを回すだけの典型的なジャムセッションの延長。ゆえに、1曲の演奏時間は長い。 しかし、まったく退屈しないのだ。 退屈しない理由は、アタリマエだけども、ミルト・ジャクソンやフランク・ウエスが良いアドリブをとっているから。 くわえて、彼らはいい気分で演奏しているに違いないから。 良い意味で肩の力が抜けた演奏。とはいえ、じっくり腰を落ち着けて聴いても、深い手ごたえのある演奏内容なことは言うまでもない。 では、なぜ、彼らがおしなべて素晴らしいアドリブを繰り広げているのかというと、それはマシュマロのように柔軟なリズムのお陰なのではないだろうか。ことに、エディ・ジョーンズの懐深く、柔軟なベースワークが、演奏の気持ちよさの土台を作り上げている。 心地よい定速ビートにのって、演奏者はなんの心配もせずに、ひたすらリラックスしてアドリブを奏でることが出来る。 生まれてくるサウンドはゴキゲン。 このゴキゲンさが、リスナーに伝染するのだ、きっと。 ホレス・シルヴァー作曲の《オパス・デ・ファンク》はもちろんだが、私はどちらかというと、次曲の《オパス・ポカス》が好きだ。 モダンジャズでは常套化した典型的なツー・ファイヴブルース。スローなテンポに乗っかり、気だるくはじけるミルトのプレイは絶品。 1コーラス分のベースラインをフィーチャーした出だしも良い。ガシッとしたタフな手ごたえのエディ・ジョーンズのベースを堪能出来る箇所だ。 心地よいバネの効いた演奏が全編に渡って楽しめるのは、1にも2にも、縁の下の力持ちの堅実なベースのお陰。 もう一度、ベース中心に聴き返してみよう。新たな発見があるかもしれない。 |
| (2006/08/24) |
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