The Ko"ln Concert (ECM) |
| - Keith Jarrett |
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Keith Jarrett (p) 1975/01/24 |
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「妄想力」こそがジャズ鑑賞の要だと思う。 妄想力がない人、妄想力に乏しい人は、最初はジャズに惹かれたとしても、やがてジャズから離れていってしまうのではないだろうか? イマジネーションという言葉に置き換えても良い。 音色、フレーズ、楽器の絡みや全体の空気感、サウンドの佇まいなど、音そのものがもたらす豊かな情報の中からどれだけの情報を耳がキャッチし、頭の中でこれらの情報を処理すると同時にイマジネーションを膨らまし、この世界に酔い、遊び、ときには深刻な気分になったり、あるいはエネルギー源に転化したりすることが出来るか。 ヴォーカルは別としても、多くのジャズは音そのものの鑑賞であって、ポップスのように具体的なイメージの想起を促す歌詞、言葉がない。 そのぶん、聴き手は音情報のみから様々な妄想を飛躍させ、脳の中でオリジナルな世界を築き鑑賞を行っているのだと思う。 もっとも、その妄想が別なベクトルに向いてしまうと、政治や思想と結び付けたり、ジャズマン同士の人間関係など、音とは関係のないも憶測に話がワープしてしまうこともあるが、それは音楽鑑賞においては必ずしも正しい妄想力の使い方ではないと思う。 ま、妄想に正しいも正しくないもないのかもしれないけど、「今、演奏者は何を考えながら、かくも美しき音を奏でているのだろう」と演奏者の思考を音から類推しながら聴くのは、一つの愉しみだし、アリだと思う。 特に、キース・ジャレットがピアノ1台で即興演奏を繰り広げた『ケルン・コンサート』は格好の題材なのではないかと。 この演奏は、最初から最後まで何の譜面も用意しなかった即興演奏だと言われているが、最初の一音から最後の一音まですべてが即興なはずはない。 キースは、きっといくつかの盛り上がりに使えそうなストックフレーズを用意しておいたのだろうし、仮に自覚的に用意はしていなかったとしても、キースが気持ち良いと思うストックが、彼の引き出し中にあったはずだ。 この、キースにとって気持ちの良い音がどのタイミングで引き出されているのかを音の表情から探り出すのもひとつの鑑賞の愉しみではある。 この『ケルン・コンサート』、60分を超す「音楽ドラマ」の中には、いくつかのクライマックスがある。 このクライマックスの箇所は、もちろん自分で鑑賞して探し出して欲しいのだが、クライマックスの場所が分かると、次に鑑賞するときは、“どのような過程でクライマックスに至っているのか”という興味で聴くと楽しい。 たとえば《パート1》。 具体的な時間は書かないけれど、誰が聴いても、盛り上がる局面がある。 この盛り上がりの箇所を仮にキースが事前に準備をしていたとする。 そうすると、そこに至るまでの過程をどう演出しようかと模索している箇所も自ずと分かり、鑑賞が断然楽しくなる。 つまり盛り上がりの前の行きつ戻りつのシングルトーンのところだが、しばらく続く、美しくももどかしいピアノが愛おしくなる。 せっかく盛り上げのパターンを用意したんだけど、いきなり盛り上げるのも勿体ない。 盛り上がりにいたるまでにどのように音のストーリーを紡いでいこうかと、指で考えているキースの表現プロセスが見えてきて面白い。 「結構、勿体ぶっているよな」とか、 「このあたりで、“もう出したいけどまだ出さないぞ”と思ってるのかな?」 なんて考えながら聴くと、より一層クライマックスの箇所が待ち遠しくなる。 もちろんこれは妄想で、音が生み出されたプロセスなどキース本人にしか分からない。いや、キース自身も、もう覚えていないかもしれない。 今度は逆に、あの盛り上がりのフレーズは、用意されたものではなく、本当に偶然に即興で生み出された場面だったとすると……。 それはそれで鑑賞が楽しい。 キースは比類なき天空にも飛翔するかのごときなリフレインを、苦しみの果てに生み出したのだ、と思えてくるから(笑)。 さらに、盛り上がる前の行きつ戻りつのとりとめもないプレイは、誰もが胸ときめかす「あの箇所」を生み出すための生みの苦しみだったのだ、なーんて妄想しながら聴いたら聴いたで、これまたドラマチック。 ケルン・コンサートは長らく(今でも?)、あまり聴く気のおきないアルバムの1枚だった。 だって、美し過ぎるから。 しかも、抒情的で甘いから。 ジャズ特有のビターな要素が少ないから。 メロドラマ一歩手前な箇所が多いから。 特に《Part 1》や、《Part 2 c》の出だしなどは、ベタな恋愛ドラマのBGMのようにも聴こえ、“おいおい、初期のキースのソロなら『フェイシング・ユー』だろ?”と今でも思っているが、それでもたまに聴くと良いものは良いですな(笑)。 特に、即興の展開を追いかけながら妄想力を働かせる楽しみをこのアルバムはたっぷりと提供してくれる。 美しい旋律を味わうアルバムとして終わらせるにはあまりにも勿体ない『ケルン・コンサート』。こんなに妄想力が働くドラマティックなソロピアノも珍しい。 |
| (2009/12/01) |
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