FLIGHT TO DEMMARK (Steeple Chase) |
| - Duke Jordan |
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Duke Jordan (p) Mads Vinding (b) Ed Thigpen (ds) 1973/11/25,12/02 |
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唐沢寿明が主人公の壱岐正を演じるTVドラマ『不毛地帯』のエンディングを見るたびに、『フライト・トゥ・デンマーク』のジャケットを思い出す。 吹雪の中、直立不動で立つ男の姿。 『不毛地帯』は、ニュージーランドに作られたシベリア捕虜収容所のロケセットだが、『フライト・トゥ・デンマーク』でデューク・ジョーダンが立つ地は、タイトル通りデンマークだ。 10年もの間、ジャズシーンから遠ざかっていたピアニスト、デューク・ジョーダンが復帰直後にデンマークのコペンハーゲンで録音した作品がこれだ。 ブルーノートから出ているオーネット・コールマンの『アット・ザ・ゴールデン・サークル』のジャケットも、同じように雪の中に立つジャズマンの姿のジャケ写だが、こちらのほうは自信にみなぎった力強さが伝わってくる。 しかし、『フライト・トゥ・デンマーク』のほうは、写真の中の人物の大きさや人数(オーネットのアルバムは3人)、雪の量の違いもあるのだろうが、より一層「北国感」が増し、ひどく寒々しい感じがする。 この寒々しいジャケットを眺てながらCDを再生。流れてくる《危険な関係のブルース》に耳をすませると、まるで北国の酒場の扉を開けたときの安堵感と温もりを感じる。 優しくセンチメンタルなジョーダンのピアノには、心の襞にじんわりと染み込んでくる。 最初優しくセンチメンタルに。しかし演奏が進むにつれて少しずつ固さがほぐれてノリをみせはじめるデューク・ジョーダンのピアノが、寒さで固くなった身体と心が少しずつほぐれてゆく自身のコンディションとシンクロしてゆくようで面白い。 ニューヨーク生まれのデューク・ジョーダンは、チャーリー・パーカーとの共演歴もあり、モダンジャズの中心で最先端の音楽を演じた“硬派な”ピアニストだが、自身がリーダーの作品には、センチメンタルかつロマンティックな面が強く出たものが多い。 この『フライト・トゥ・デンマーク』や、同日録音の姉妹盤『トゥ・ラヴァーズ』などがまさにその代表例で、この心優しきピアニストのセンチメンタリズムをどう受け取るかで、かなり好き嫌いが分かれるのではないかと思う。 20代の頃の私は、このアルバムがあまり好きではなかった。 同じジョーダンなら、ブルーノートの『フライト・トゥ・ジョーダン』のほうがゴリッとした硬派なピアノが聴けていいではないかと思っていた。 スティープルチェイスのトリオ(つまり、このアルバムですね)の演奏は、ピアノの高音部をシングルトーンで弾いているパートが多く、そこがすごく女々しく感じていたのだ。 ところが、年を重ねるにつれて、好みは変わってくるものだなと最近思う。 昔は軟弱な演奏と感じていたスティープルチェイスのトリオ(つまり、このアルバムですね)も悪くないなと思い始めてきている今日この頃。 たぶん、様々な人生経験を重ねていくうちに、自分自身少しは人に優しくなったのだろう(笑)。いまでは、デュークのセンチメンタリズムも比較的素直に受け入れられる。 《グラッド・アイ・メット・パット》は、以前は、曲も演奏もナイーヴ過ぎて毛嫌いしていたのだが、今ではこのナイーヴさ加減も悪くないと思い始めている(笑)。 たしかに高音のシングルトーンを多用したデューク・ジョーダンのピアノはセンチメンタル過ぎるきらいはあるが、マッズ・ヴィンディングのベースがジョーダンのピアノに流され過ぎずに、しっかりとペースをキープしているところに好感。 エド・シグペンのシンバル・ワークもピアノの邪魔をしない程度にしっかりと主張しているところにも好感。 つまり、ジョーダンのピアノが行きすぎた甘さを見せ始めたら、リズムセクションに意識を変えるだけで、ずいぶんと聴こえ方が変わることを発見したのだ。 このアルバムに限らず、このような、一本調子な聴き方をしなくなってきたことによって、ジャズの愉しみ方も少しは変わってきたような気がしないでもない。 つまり、いつもいつも全身全霊100パーセントをもってして真正面からストレートに受け止める必要はないということ(笑)。 ときには、好みじゃない部分には目をつぶり(耳をつぶり?)、他の楽器に意識を移動させると、それはそれで発見があったり、違う愉しみが生まれることもあるということ。 なんだか人間関係の処世術みたいでイヤなのだが(笑)、好みじゃない箇所を取り出して全否定するよりかは良いのかな、なんて前向きに考えることにしている(笑)。 |
| (2009/12/09) |
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