たつや せっしょん〜其ノ壱〜 (たつやRecords) |
| - 池田達也 |
|
|
池田達也 (b) Tina (vo) 近藤和生 (DJ) Big Horns Bee (Horns) 河合わかば (tp) 管 一徹 (tp) 弦 一徹 (vln) ルイス・バジェ (flh) 小湊昭尚 (尺八) 勝田一樹 (as) 金子隆博 (ts&fl) 増崎孝司 (g) 天野清継 (g) 浅野"ブッチャー"祥之 (g) 光田健一 (p) 榊原 大 (p) 松本圭司 (p) 津垣“ヤン”博通 (p) 河野啓三 (key) 村石雅行 (ds) 小森啓資 (ds) 則竹裕之 (ds) 竹本一匹 (per) 2003/09/16-19 |
|
|
|
不定期で発行しているジャズのメールマガジンも、おかげさまで500号を迎えることが出来ました。 ご購読いただいております読者の皆様には感謝、本当にありがとうございます。 500号を迎えるにあたり、500号目のジャズマンは誰にしよう、アルバムは何にしよう、とかなり悩みました。 もちろん、300号目あたりから、「500号になったらコレにしよう!」と漠然と考えていたアルバムは何枚かあったのですが。 それらは、いずれも、私がすごく好きなアルバム。かつ思い入れの深いアルバム。 しかし、思い入れの深さゆえ、ヘタなこと書けないから、何かの記念に思いっきりたくさん書いてやろうと思っていたアルバムたち。 ところが、今回取り上げるアルバムは、あまりに無名というか、人によっては、「えー、これってジャズぅ?」と思われることは容易に想像のつくアルバムをセレクトしました。 なぜかって? えーとですね、まずは最初から話を聞いてください。 私がこのメルマガを始めた頃は、まさかこんなにも続くとは思っていませんでした。100号までは疑心暗鬼の手探り状態。 100号過ぎて少したってから今のようなスタイル(一号に一枚のアルバムレビュー)に落ち着いてきて、これだったら続けられそうだな、という感触をつかみ始めたのが150号目ぐらい。 で、配信しているうちに、だんだん欲が出てきたんですね。 書いている以上、自分の文章は、ネット上の“電子な文字”だけにとどまらず、紙の上の“インクで印刷された文字”にもなりたいな、って。 だから、自分にちょっとした魔法というか暗示をかけたんです。 500号が出る頃は、ジャズ関係の仕事がくるだろうと。 いや、そのうち、500回も発行するんだから、来ないほうがオカシイぐらいの考えになってきていたのかもしれない。 そうしたら、400号代で、本当に原稿執筆の依頼が来ちゃいました。 『ジャズ“名曲”入門』です。 “1度書けば2度ある”という言葉はあったかどうか分かりませんが、まもなく、今度は、『ジャズ“名演”入門』の執筆依頼。 しかも、10本もアルバムのレビューを依頼されるという、素人にしては破格な扱い。 いや、プロのライターにとってみれば、10本のアルバムのレビューを4〜500文字程度で書くことなんて、お茶の子さいさいなんでしょうけれど、私の場合は緊張し、かつかなり苦労しましたね。 メルマガで書いた内容を土台にしたものもありますが、それでも書いては消し、消しては書き、文章の勢いを削がないように工夫してみたり、そうすると、文字数が足らなくなったり、逆にはみ出たりと、締め切りの日の朝まで、あーでもない、こーでもない、と原稿をいじくり回したものです。 そんな思いをして、完成した本を開いたときの感慨もひとしおで、「いやぁ、今回はかなり勉強になったなぁ」などと一息ついていたら、今度は、ジャズ批評から『ジャズ批評別冊・ウエスト・コースト・ジャズ』の執筆という嬉しい依頼。 おお、ついにあの『ジャズ批評』から!とかなり舞い上がりました。 と、自慢話を書いているわけじゃなくて…、えーと、これらの原稿を依頼された際、発注者が私に気を使っていることというか、私に頼む原稿の特徴が一貫してあるんですよね。 “ベーシストやベースについての依頼が多い” ということ。 『名演』では、10人中5人が実にベーシストについてのレビュー依頼ですし、『ジャズ・ウエスト・コースト』にいたっては、最初から編集長の原田さんから「雲さん、リロイ・ヴィネガーとレイ・ブラウン好きですよね?だから、彼らの参加しているアルバムをメインにセレクトしたんで、レビュー書いてくださいね」と電話がかかってきたのですから、私は明らかに“ベースの文章を書く人”と発注者の頭には位置づけられているようです。 いや、もしかしたら、“こいつはベースについてしか書けないから、ベーシストの原稿しか依頼できないヤツ”と思われているのかもしれません。 ま、いずれにせよ、“ベースも弾いてるようだし、ジャズの文章もなんだかいろいろと書いているヤツ”という認識を持たれていることは疑いようもなく、そういった意味では、私というジャズの文章を書く人間のキャラクター化が編集者の中には出来ているのでしょう。それはそれで、嬉しいことではあります。 ジャズという音楽全体の中ではごくごく狭いジャンルの、さらにその中でもベースという地味な楽器の文章を書く人間。 滅茶苦茶狭くて、ニッチな位置づけですが、“なんでも出来そうで、なんにも出来ない”よりは、人々に記憶されやすいポジションなのかもしれません。 こういう認識を持たれたのは、やっぱり、当たり前ですが、私はベースを弾いているからだと思います。もちろん素人ですが。 でも、ベースを弾くことによって見えること、聴こえてくることっていうのは、やっぱりあるんですよ。 もちろん、ヘナチョコな私の楽器奏者的な考えと、プロのジャズマンの楽器奏者的な考えはまったく違うのでしょうが、それでも、瞬間瞬間に反応する肉体の、“アタマではなく、カラダの思考”というのはあるんだと思います。当然、レベルによって差はあるでしょうが。 このニュアンスを文章化しようとしても、もちろん出来ないことだし、書いたところで、そんなことに興味を持つ読者が何人いるか、な話ですが、ただ、この感覚があるからこそ、ベースについて色々と書く切り口のようなものが見つかることも確かでして、それ一つとってもベースをやっていて良かったなぁと思うわけです。 私がベースを始めたのは大学生の頃で、他のベースよりは随分と遅めの、22歳の秋から始めました。 それから10年以上、飽きることなくベースと付き合っています。 どうして、飽きることなく弾き続けてこれたのかというと、一にも二にも、ベースという楽器との正しい接し方、いや、“正しい”というと語弊があるので、“楽しんで”という言葉を使いましょう。 そう、飽きずに楽しんでベースと付き合える方法を学んだからだと思います。 そして、そのことを伝授してくれたのが、ベーシスト・池田達也氏なのです。 彼に数年間ベースを習ったお陰で、私は本当に基本的なベースの扱いから、ベースを弾く上での心構え(というよりは思考パターン)、そしてテクニックや、プロが現場で編み出したウラ技などを学ぶことが出来ました。学ぶだけで、それほど吸収していないという話もありますが(笑)。 テニスもゴルフも、いやスポーツ全般にもいえることかもしれませんが、あと麻雀とか将棋とか囲碁のようなゲームもそうだと思いますが、本当に楽しくなるのは、ある程度の基礎が出来、なおかつある程度の細かいルールや仕組みを理解してからだと思います。 そうしないと、その対象の面白さや深さや厳しさなどが俯瞰することが出来ないと思うのです。 そういった意味では、ベースという楽器の面白さや深さを見渡せ る最低限のレベルまで、愚鈍な私を引っ張ってきていただいた池田氏には本当に感謝の言葉も無いぐらいなのですね。 もちろん、皆さんが思われるほど、私のベースなんて大したレベルではありませんが。 でも、“飽きずに楽しくベースを弾く姿勢を自然に身につけることが出来たのは、明らかに池田達也さんが、いつだって楽しくベースを弾いている(ように見えた)からだと思います。 “たつやせっしょん”という名前で、数年前から、様々なツワモノミュージシャンをゲストに迎えて、コマメにライブを繰り返していた池田氏。 その集大成とでもいうべきファースト・アルバムを感謝の意味も込めて、記念すべき500号で紹介しようと思います。 池田氏は、ジャケットを見れば分かるとおり、ウッドベースもエレキベースも両方こなすベーシストです。 ウッドにいたっては、池田達也モデルというウッドベースも最近発売されていますね。 エレキのほうは、私が習っていたころは、フェンダーの62年の渋くて良い音のするジャズベースと、オリジナルのフレットレス、そして、5弦のフォデラをパッシブに改造したものを使ってました(パッシブは簡単に言ってしまえば、電池の無いベースです。電池を使うベースはアクティブ)。 基本的に池田氏は、バッキングの人です。フロントのプレイヤーがのびのびとプレイさせる環境作りに心砕くタイプのベーシストです。 もちろん、ベースを始めたての頃は、ジャコ・パストリアスに憧れて、佐賀から東京にやってきたそうですが、音色もアプローチもジャコ的ではないですね。ウォームかつどっしり型。 ウォームといえば、初めて氏に会ったときに、好きなベーシストがポール・チェンバースと応えた私に対して、池田氏はジョージ・ムラーツが好きだと仰っていたのが非常に印象的でした。なんでも、ローランド・ハナとのデュオが最高だから、是非聴くように、と。ところが、ローランド・ハナとのデュエットのアルバム、廃盤だったんですね。だから、私は、高田馬場のイントロでかけてもらった記憶があります。 ちなみに、氏の一番好きなベーシストは当時はマイケル・ヘンダーソンだそうで、氏のフェイバリット・アルバムはマイルス・デイヴィスの『ジャック・ジョンソン』だそうです。 この、好みがそのまま氏の音楽に反映されているような気がしてなりません。 つまり、ノリノリ、かつウォームなベース。 そんなベースが様々な切り口で満載されているのが『たつやせっしょん其の壱』なのです。 ラテンありの、4ビートありの、16系フュージョンありと、悪くいえば、統一感には欠けますが、逆に言えば、池田達也というベーシストの多面的な魅力が様々な音を通して楽しめる内容になっています。 そう、ラテンといえば、池田達也氏は、ピアノとヴォーカルの菊池ひみこバンドに長い間在籍していたのです。菊池ひみこバンドはラテンテイストの曲も数多く演奏していましたから、もうラテンのノリはお手のものです。 あと、4ビート。 来日したジュニア・マンスのバックをつとめるほどですから、氏の4ビートのノリも抜群です。 ま、個人的な感想を言うと、ストイックさはあまり感じられれない、どちらかというとヤンチャなノリですが。 このヤンチャなノリの4ビートを楽しめるのが、《カモン〜マイ・ハウス》。ティナのヴォーカルとウッドベースだけのデュオというなかなかに渋い編成。途中で、DJの近藤和生によるドラムンベース的なビートがかぶさりますが、これがまたカッコイイ。 このアルバムの中で私が一番好きなトラックです。 ところで、さきほど、“基本的に池田氏は、バッキングの人”と書きましたが、バッキングは堅実ですが、ソロになると、かなり歌う人でもあります。 ついさっきまでは低音をブンブン言わせてバッキングしていたかと思うと、ひとたび自分のソロが回ってきた瞬間、高音域で伸びのある音をまるでスティーヴ・スワロウのベースソロのようにメロディアスに奏でます。 このメロディアスさは特筆もので、ベースでもなければ、ギターでもない、強いて言うなら、ベースとギターの中間の楽器の音を聴いているようです。 で、メロディラインも難解ではなく、あたかもベースが口笛を吹いているかのような旋律で、思わず頬が緩みます。 この低音から高音への飛びっぷり、そして、再びバッキングに戻ったときの高音から低音への戻りっぷりの落差が非常に心地良いのです。 基本的に池田氏の作る曲は、こんなこと言うと失礼かもしれないけど、ジャズっぽいダークな雰囲気というよりも、明るく楽しく、可愛らしい曲が多いです。そのへんのところが好き、嫌いの評価の分かれるところかもしれません。 あまりに陽気で、「うーん、俺の好みじゃない!」というガチ ガチなジャズファンも出てくるかもしれませんが、私個人としては、こういう明るいノリもいいんじゃないかと思ってます。 ジャケ写の、寿司屋のカウンターで和む氏の表情が、アルバムの中のサウンドすべてを象徴していると言っても過言ではないでしょう(写真のピンが甘いのが残念!)。 とにかく、日々、多くのミュージシャンたちとの競演を重ね、満を持して発表した初リーダー作。 ベースファンならずとも、いや、むしろ、ベースに関心の無い人にも、「楽しいミュージック」としてオススメしたいアルバムであります。 |
| (2004/04/28) |
|
|
|
|
All Rights Reserved. |