Ub-X (ewe records jazz) |
| - 橋本一子/ub-x |
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橋本一子 (p,voice) 井野信義 (b) 藤本敦夫 (ds) 2005/10/24 & 25 |
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Ub-Xと書いて、“ゆびーくす”と読む。 これは、アルバム名とともに、橋本一子の新生トリオの名称でもある。 はじまりは、4曲目の《凛 (Rin)》からだった。 2005年のカネボウ化粧品「フェアクレア 春〜夏」のCM用に作られた曲、《凛 (Rin)》がモチーフとなり、このアプローチが派生する形で、このアルバムに収録されている曲群が生み出されていったとのこと。 Ub-Xが追及するは“ポリグルーヴ”。 通常の4ビートジャズのような、ベースソロもドラムソロもない。 一貫して、3つの楽器が三つ巴になり、挑発、触発し合い、混沌の中からも美しくデリケートな、危ういバランスの保たれた音塊が紡ぎだされる。 ある意味、ビル・エヴァンスが始めた、ピアノ・ベース・ドラムが三者対等のインタープレイをさらに煮詰め、凝縮した形と言えなくもない。 このポリグルーヴの大きな鍵を握っているのは、藤本敦夫のドラミングだ。 彼のドラムは前へ進む推進力よりも、拡散するパルスを放射し、演奏に強力な磁場を形成する。 時間軸に沿って推進するビート感を矢印の線だとすると、絶えず空間に拡散するパルスを叩き出す藤本のドラムは、ドラムセットを中心として放射状に描かれる円のようなものだ。 強烈なウネリとともに、演奏に推進力を与えていたコルトレーン・カルテットのエルヴィン・ジョーンズのビートを太い直線だとすると、彼の脱退後にレギュラードラマーとなったラシッド・アリのドラミングは円に近い。 時間軸にそって定速で疾走するのが通常のビートだが、ラシッド・アリや藤本のドラミングは、空間を構築するタイプのドラミングといえる。 ラシッド・アリの作り出した空間は、よりいっそう過激に、フリーキーなスタイルへと変貌してゆくコルトレーンのサックスを挑発しつつ、大きく包み込んでいた。 同様に、藤本の叩き出す空間も、その包容力の広さゆえ、消え入りそうなほどにセンシティヴなバラード・ヴォーカルから、フリージャズを連想させる過激な打鍵までをも包み込み、ピアノとの共振を絶やさない。 また、藤本叩き出す音の細やかさは、『カフェ・モンマルトルのセシル・テイラー』で、凄まじいまでのビートの細分化作業を行ったサニー・マレイのシンバルワークにも近く、空間に飛び散る細かな粒子が、磁場を形成しているかのようだ。 対する井野信義のベースは、藤本のパルスの要所要所に的確にクサビを打ち込み、ドラミングによって生まれた磁場に強靭な骨格を形成する。 通常の4ビートのように、低音の躍動が演奏を支えるのではなく、パルスにメリハリをつける感覚だ。 よって、繰り出される音域は必ずしも低域のみならず、ハイポジションの高音域をも多用しているところが特徴だ。 Ub-Xにおけるドラムとベースは、ピアノを支えるためにあるのではない。 橋本のピアノとヴォイスが、そこに“在る”ための空間を提供しているのだ。 この空間は、瞬間、瞬間に拡散と凝縮を繰り返し、さながら海岸に打ち寄せる波のようでもある。 この二人が作り出した波を自由に泳ぐ橋本のピアノは、どこまでも自由。 藤本、井野の生み出す独自のグルーヴは、アイスクリームのように柔らかく消え入りそうなピアノから、鋭利なナイフのようなピアノまでをも等しく遍在させ、存在を矛盾なく受け入れるのだ。 奇しくも「遍在」という言葉を使ったところで思い出したが、「Ub-X」の意味するところは、まさに「質感遍在」だった。 彼ら生み出すポリグルーヴは、なにもこれが始めてではない。 すでに萌芽はあった。 いや、すでに1999年に発表された『マイルス・アウェイ』の頃から半ば完成の域に達していたのではないか。 同一メンバーのピアノトリオで発表された『マイルス・アウェイ』、つづく『マイルス・ブレンド』。 すでに、この瑞々しくも挑発的な2枚のアルバムからは、十二分にポリグルーヴの萌芽が現れている。 違いは、人の曲か、オリジナルかだ。 上記2枚は、マイルス・デイヴィスゆかりの曲を中心に取り上げている。 マイルスのオリジナルのみならず、彼が好んで演奏したスタンダードナンバーや橋本自身のオリジナルも演奏されている。 我々ジャズファンには耳に馴染みのあるレパートリーゆえの安心感はあるのだが、よくも悪くも、既存のナンバーには曲の展開、起承転結、コード進行による流れのメリハリがあるために、ポリグルーヴの偶発性やスリリング性が100パーセント生かされているとは言い難かった。どうしてもリズムを曲の輪郭に合わせざるを得ないという構造上の問題だ。 しかし、今回の『Ub-X』では、全曲をオリジナルで固めている。 おそらくは、《凛 (Rin)》で掴んだ感触を前提に作曲されていると思われ、一貫して同一なトーンで彩られている。 マイルスのカバーから一皮剥けた、ストイック、かつ頑なまでに整合性のある曲群が並び、そのどれもが、研ぎ澄まされた音と、躍動感にみなぎった鼓動に溢れているところが素晴らしい。 私はこの音源を某映画監督の紹介で手に入れ、彼の計らいにより、新宿のピットインで行われた発売1ヵ月前の先行ライブも目の当たりにする幸運に恵まれた。 その監督からは、「今度の新作は今までとはちょっと違う、フリージャズのような音です」と言って音源を渡されたが、実際に耳を通すと、彼の「フリージャズ」という形容に半ば納得、半ば違和感を感じたものだ。 過激なアプローチに満ちた演奏ゆえ、音の肌触りはたしかにフリージャズ的ではある。 しかし、フリージャズと呼ぶには、あまりにキャッチーで、難解さの伴わない心地よさもあるのだ。 メロディアスだからというわけでもないのに、不思議と耳を惹きつけてやまない魅力的な“掴み”多い。それは、具体的に口ずさめるような旋律ではなく、たとえば、《凛 (Rin)》の最初の4つの和音など、演奏を展開するための短いモチーフだったりするのだが、わずか数秒の短い音数で聴き手の耳をグイと掴む技は並大抵のものではない。 また、サウンドの響きも瑞々しく新鮮だということもあるだろう。 新しいものだけが持つ、不思議なパワーを感じる。 何の変哲もない、3つのアコースティック楽器による演奏にもかかわらず、耳が受ける刺激は確実に新しい響き。 複雑なプログラミングとミキシング技術を駆使して生み出された新種のトランスミュージックかと一瞬耳を疑うほどのサウンドは、確実に新しく、かつお洒落ですらある。 この一因の一つとして、歌とも呟きともつかない橋本のヴォイスが大きく貢献していることは間違いない。 疾走するポリグルーヴに、ミステリアスな橋本の呟きが加わると、単なるピアノトリオを越えたミステリアスな響きに変貌するのだ。 ギリシア神話の神様の名前のタイトルが多いのも、意味深だ。 さて、オススメ曲を。 本当は、どの曲も同一のトーンに彩られており、曲の流れが一つのストーリーを形成していると感じるので、出来れば、部分聴きはせず、全体を通しで聴いて欲しいのだが、まずは、冒頭の《Li-mo》が、もっともこのアルバムの気分を代表しているナンバーだと思う。 Ub-Xワールドへの導入役を果たし、同時に、「私たちは、こんなアプローチで演奏します」という、新生トリオからリスナーへのプレゼンテーションにも聴こえる。 なにか一曲、ということならば、躊躇なく《凛 (Rin)》を推したい。 アルバム中、もっともポップ(?)でキャッチーな曲。と同時に、美しさと過激さが、とてもキレイな形で同居しているのだ。 坂本龍一の《アジエンス》のクールな侘びも良いが、さらにクールさに拍車のかかった《凛 (Rin)》の凛とした(シャレじゃありません)佇まいも素晴らしい。凛とし佇まいから、少しずつ情感があふれ出て、最後は、かなりアグレッシヴな演奏に変貌してゆく展開も鳥肌モノ。 個人的にもっとも好きなのは、《モノリス》。 アルバム中、もっともスピード感に溢れた演奏で、もっとも4ビートジャズに近い演奏。 ブースターをつけて加速度をアップさせたチック・コリアの『ナウ・ヒー・シングズ・ナウ・ヒー・ソブズ』あるいは、『A.R.C.』のような肌触り。 しかし、それだけにとどまらず、後半のゴーン!と繰り返される和音は、何かを暗示するようで、かなり恐ろしい。 そう、この演奏の後半を聴けば、フリージャズのようだという感想が出るのも分かるような気がする。 もっとも、フリージャズといっても、若かりし日の山下洋輔のような身体にガツーンとくる衝撃ではなく、むしろ、セシル・テイラーの神経をザワザワさせる感触に近い。 このザワザワ感をリスナーに抱かせるピアニストは、いったい今の世の中に何人いることか。 最後に。 新生トリオUb-Xの新しい試みは見事に成功していると同時に、さらなる発展の可能性を多分に感じさせる要素に満ちていると思う。 まぎれもなく、彼ら3人でしか生み出しえないオリジナリティを打ち出し、さらに演奏の強度も高いということからも橋本一子の最高傑作だとすら思う。 しかし、しかし、あれなんだなぁ。最高傑作とはいえ、軽々と作っちゃったようにも感じるんだよなぁ。 彼らほどの腕なのだから、まだまだ余力を残しているんじゃないかな? まずは新生トリオ第一弾ということで、いきなりリスナーをビックリさせ過ぎないように、パワーを少々セーブして演奏したんじゃないかと考えるのは穿ちすぎ? 今のままでも十分にインパクトと美しさに満ちているのだが、彼らが本気になれば、もっともっと凄いサウンドが生み出されるんじゃないかと期待している。 一子さん、今度は、難解でも構わないし、リスナーの神経をもっとザワつかせても構わないので、もっともっとへヴィで脳髄が痙攣するほどに過激なやつをガツーンとかましてください。 |
| (2006/03/20) |
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聴けば聴くほど、やっぱりスゴいアルバムです、コレ。 このアルバムの発売に先駆けたライブにも行ったし、レビューも何度か書かせてもらった。 しかし、それでも、まだまだ書き足りない。 というより、聴くたびに、こちらのマインドを触発しまくる何かがある。 拡散と推進が共存するポリグルーヴが、滅茶苦茶気持ち良い。 研ぎ澄まされた一子さんのピアノ。 ハイテンションで疾走するアグレッシヴなプレイから、深く空間に溶解してゆくバラードまで、本当に変幻自在なユニットだ。 ある平日の深夜。 私は、仕事と飲みで、表参道、南青山、大門、西麻布、六本木とめまぐるしく移動していたが、傍らには常に「Ub-x」が流れていた。 移動はほとんど車(タクシー)。クルマの窓から望むめまぐるしく移り変わる街の風景と、めまぐるしいけれども一定な蒼く哀しく尖った色彩感が奇妙にシンクロし、私の脳は一瞬、時間の感覚を忘れ、「いまここに私がいる」という存在感があやふやな、蕩けるような恐怖感に包まれた。 ub-xの演奏は、最初はドラムとピアノに耳を奪われることだろう。しかし、何度も聴くうちに、次第にの、ベースのほうにも耳がいくようになってくる。 いまだ、井野信義の複雑かつ超絶なベースのアプローチについては語る言葉のもたぬ私だが、『Ub-x』のポリビートをガッシリと支え、藤本の変幻自在なドラミングを触発しているのは井野のベースに他ならない。 太い。しなやか。 だけど、剛。 腕力の強いインテリのベースは底知れぬ恐ろしさを秘めている。 繊細なスピード感がピアノだとすれば、ベースの低音は超時間的。 速度を超越して、常に「そこにある」存在感。 気がつくと、ピアノやドラムにピッタリとより沿った低音が常に「存在していた」。 そんな頼もしさと、時間を先読みして、ピタリと正確な位置に収まっている、そんな頼もしさと不思議な存在感がある。 マイルス『カインド・オブ・ブルー』的な蒼い空間と、コルトレーン『インター・ステラー・スペース』的な紅(くれない)に燃ゆるパッションが共存している、聴き応えのある演奏なのだ。 |
| (2009/03/16) |
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