『透光の樹』 〜オリジナル・サウンドトラック (ソニーレコード) |
| - 日野皓正 |
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日野皓正 (tp) 石井彰 (p) 2004/02/05-06 (Tokyo) |
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『透光の樹』は、高樹のぶ子原作の小説が映画化されたもの。 というよりも、ショーケンこと萩原健一が、主役を途中降板しながら、映画製作委員会のメンバーに不当な出演料を要求したことが原因で、恐喝未遂容疑逮捕されたことで知った人のほうが多いのではないかな? 主演は、秋吉久美子。 そして、ショーケンに代わって永島敏行。 映画の内容は、有り体に言えば、中年男女の不倫話でもあり、中年男女の愛(性愛)がテーマであり、そういった意味では、『失楽園』と同列に語られそうだが、いやいや、全然違う。 こちらのほうが、よほど格調が高い。 …と、私は感じる。 『失楽園』の場合は、二人一緒に仲良くあの世に旅立てて良かったね的な、ある意味、不倫の“有終の美”を飾るような“キレイな終わり方”だったが、『透光の樹』の場合はそうはいかない。 人間の性の深い業を感じさせる、ある意味、美しくもおぞましいラストが待ち受けている。 さらに、ソソるセリフが多いのも、この映画の格調を高めている。 たとえば、金沢の平泉寺の庭で秋吉久美子は、こう言う。 「このあたり寒いから、一気に来るんです、春が。だから、みんな狂っちゃう。」 “だから、狂っちゃう”がなんともそそりませんか? 植物の開花だけではなく、人間の営みにもかかった意味深なセリフ。 遅い春がやってきて一気に開花する植物たち。 中年男女にも遅い春がやってきて、狂っちゃう…。 他にも、印象に残るセリフがいくつもちりばめられているこの映画は、妙に心に残る内容だ。 セリフもそうだが、それ以上にこの映画に凛とした気品と情感を与えているのは、日野皓正のトランペットだ。 彼の幽玄ですらある哀しくも強いトランペットの功績は、大きい。 この威厳と孤独をたたえたトランペットは、マイルスが『死刑台のエレベーター』で放った一音一音のトーンの重たさに通底するものがある。 表面は醒めた鉄のように冷ややかだが、じつは、高温で溶解した鉄のように熱い肌触りの音。 まるで、金沢の遅い春の冷え冷えとした空気の中で営まれる男女の静かに燃える性の営みを象徴しているかのようだ。 日野の放つ、重く捩じれたトーンは、この映画冒頭の日本刀を鍛える刀鍛冶のシーンに見事にマッチし、はかない中年男女の愛と性の行く末を暗示すらさせる。 絶望の深淵へと誘う日野の“鉄の音”は、確実に、我々リスナーの五感の水面下を静かに侵食してゆくのだ。 日野皓正は、一時期フュージョンにも手を染めていたので、軽やかなラッパを吹く、コマーシャリズム寄りの人と思われがちだが、彼の表現スタイルには大きく分けて2つのパターンがある。 軽やかさ、キャッチーさも彼の持つスタイルの一つだが、ひとたび彼が本気になると、見も蓋も無いほど、人間の暗黒面を抉り出すトランペットを吹くのだ。 それは、菊地雅章や富樫雅彦らとの共演でも顕著に現れている。ご興味のある方は、『トリプル・へリックス』(東芝EMI)を聴いてみて欲しい。 日本を代表するジャズマンによる、魂の交感の記録と言っても過言ではない。 一言、かなり深い。 しかし、今回はそれ以上に、トランペットとピアノのデュオというフォーマットも手伝ってか、より一層、“間”と“残音”を大事にした演奏となっている。 メロディは親しみやすく、ある意味キャッチーとさえ言えるが、音に込められたニュアンスは果てしなく奥深い。 『透光の樹』は、日野のトランペットが色を添えたことによって、さらに奥行きのある作品へと深化した。 もちろん、映画を観ていなくても深い鑑賞は可能だ。 |
| (2004/11/08) (加筆修正 2005/05/08) |
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