TAKIN' OFF (Blue Note) |
| - Herbie Hancock |
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Herbie Hancock (p) Freddie Hubbard (tp) Dexter Gordon (ts) Butch Warren (b) Billy Higgins (ds) 1962/05/28 |
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ハンコックのことを、まさかバリバリなファンキーなピアニストだと認識している人はいないと思うけど、 え? いる? だとしたら、《ウォーター・メロンマン》や、《カメレオン》の影響からかな? これらの曲はたしかにファンキーなテイスト漂う曲だから、そう思われても仕方ないのかもしれない。 しかし、ハンコックは、“ファンキーなことも出来る”鍵盤奏者であって、決してファンキーさが彼の本質ではない。 少なくとも、ジュニア・マンスやジーン・ハリスのように、どんなに取り繕っても身体の隙間から“自身の出自・育ち”を発してしまう天然な黒さを有したプレイヤーではない。 むしろ彼の本質はクラシックのほうにある。理知的かつ端正なピアノが彼の本質。 もちろん、本人もそれは自覚している。だからこそ、冷静に自分のスタイルと周囲の要求の折り合いの付け方が巧いのだ。 こう書くと、単なる世渡り上手のように受け止められかねないが(たしかにそういった一面もある)、そうではない。 並外れたセンスと実力があるからこそ出来ることなのだ。 つまり、プロデューサー的な視点を持った優れたプレイヤーということ。 つまり、役者でいえば、主役を張れる演技力もありながら、クセのある役柄かまでをも幅広くこなせる実力派俳優。 音楽でいえばプロデューサー的な視点を持った優れたプレイヤーだということ。 この才能は既に、ブルーノート1枚目のリーダー作から発揮されている。 純粋に鍵盤をコントロールする技術のみならず、なんでも出来てしまう器用さも持ち合わせた彼のことだから、子供の頃に聞いたスイカ売りの呼び声をモチーフに、《ウォーター・メロンマン》というファンキーなナンバーを書き、ヒットもさせてしまった。 ハンコックの初リーダーアルバムの『テイキン・オフ』の冒頭を飾る、この《ウォーター・メロンマン》は、8ビート的な4ビート、いわゆるジャズ・ロックなテイストのリズムに、意外にも冷静で正確なバッキングを繰り返すハンコック。 天然ファンキーなピアニストのバッキングは、こうはいかない。 管楽器は、フレディ・ハバードにデクスター・ゴードンという新旧並んだ顔ぶれが興味深い。 特に、天然で、時にすっとぼけたブロウをするデクスター・ゴードンの存在が良い。 良き性格俳優として、若きリーダー、ハンコックを絶妙にサポートしている。 タイトル曲以外での聴きどころは…、と書きかけてふと手が止まった。 正直、《ウォーター・メロンマン》以外の演奏で特筆すべき演奏がないのだ。 なんとか聴きどころを見つけようと、《ウォーター・メロンマン》以外の曲を何度もリピートさせているのだが、ものの見事に耳をスルリとスルーする。 なんだか、同時代のジャズ・メッセンジャーズを小ぶり、かつスマートにした印象しか残らない。 強いていえば、デクスター・ゴードンのテナーサックスばかりが耳に残る。 とくに、ラストの《アローン・アンド・アイ》のデックス得意のバラードプレイは絶品だ。とはいえ、これはデックスのアルバムではないし……。 ちなみに、《ウォーター・メロンマン》でのデックスののたくりまくったソロもイイですね。 では、肝心のハンコックはといえば…。 うーん、あまり印象に残らない。プレイも曲もアレンジも。 後年発揮される独特な美意識も、まだファースト・リーダー作の段階で発揮しきれていない。他のブルーノートの諸作、いわゆる“ブルーノート的ハードバップ”のテイストに合わせてアレンジ、演奏しているような気もしないではない。 だからなのだろうか、どうもこちらに何も訴えかけてくるものがないのだ。 まるで「御社のレーベルテイストに合わせた作品を提供させていただきます」とでも言いたげな、ブルーノート的テイストを巧にすくい取って、小器用に仕上げられた曲とアレンジばかり。 結果、ジャズメッセンジャーズを小ぶりにしたようなサウンドになってしまうわけだ。 ハバードのトランペットは、テーマのアンサンブルも、アドリブも無難にこなしてはいるが、本当に好きでこれらの曲を吹いているのいかなぁと思ってしまうほど、なんだか全体的に素っ気無さが漂う。曲の中心部にまでドップリと心身ともに浸かった演奏とはとても思えない。 聴き込み不足と言われてしまえばそれまでだが、結局は《ウォーター・メロンマン》一発のアルバムなんだろうな、と思っている次第。 |
| (2006/05/03) (加筆修正 2010/05/04) |
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