JUTTA HIPP AT THE HICKORY HOUSE vol.1 (Blue Note) |
| - Jutta Hipp |
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Jutta Hipp (p) Peter Ind (b) Ed Thigpen (ds) 1956/04/05 |
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ドイツからNYにやってきた女性ピアニスト、ユタ・ヒップ。 最初はニューヨークのクラブで、直に接した本場の演奏にショックを受け、「私のレベルじゃまだまだ本場では太刀打ちできない!」と、しばらくはピアノを弾かない憂鬱な日々が続いたようだ。 翌年、ニューヨークのクラブで演奏するために必要なキャバレー・カードが交付され、さらには「ヒッコリー・ハウス」への出演が決まったユタ・ヒップ。 「ヒッコリー・ハウス」とは、穐好敏子もしばらくは出演したこともある、ステーキとピアノトリオが売りのライブハウスだ。 ここでのライブ・レコーディングされたものが本盤だ。 冒頭の挨拶は評論家のレナード・フェザーが飾る。 まるで、「オレが見つけたトビッきりの女を紹介するぜ」と言わんばかりの得意げな口調で。 実際、彼がヒップを見出し、プロモーションに尽力したからこそ、このライブハウスでのレコーディングが実現したわけだが……。 フェザーの紹介の後に、簡単な挨拶をするユタ・ヒップの声は、物憂げで、少々か細い。神経質で生まじめな印象も受ける。 あるいは緊張していたのかもしれない。 しかし、その後すぐに始まる《テイク・ミー・イン・ユア・アームス》の緊張感溢れるイントロを聴いた瞬間、このか細い声のピアニストはただものではないということが瞬時にして分かる。 バップの肌触りとは違う微妙な冷ややかさ。理知的なピアノだが、かといってクール派とも一線を画する躍動感もある。 実際、ユタ自身も、クール派の親分、レニー・トリスターノよりも、ホレス・シルヴァーの、より一層スイングするピアノのほうが好みだったようで、アメリカに到着してからしばらくの間は、シルヴァーのレコードばかり繰り返し聴いていたというし、実際にライブハウスでホレス本人にも会い、彼の人柄にも感化されたようだ。 なるほど、左手のドライブ感溢れるバッキングは、シルヴァーの影響なのかもしれない。 白眉は《ディア・オールド・ストックホルム》か。 アドリブはいま一つ閃きに欠けるが、テーマの解釈がしみじみとした哀感に溢れている。 スロー・テンポで丁寧に紡がれてゆく旋律は、曲が本質的に持つ哀愁感をさらに倍増させている。 同様に、ブルースらしからぬ情緒をたたえた《ビリーズ・バウンス》のテーマ処理、特にブルース進行の中では「起承転結」の“転”にあたる9小節目の和音の響きには趣き深いものがある。 当日は、このアルバムの曲順で演奏されたのだそうだ。 だからなのだろう、曲が進めば進むほど、ユタ・ヒップのノリが変わってくる。 徐々に肩がほぐれてゆく感じが伝わってくる。 それに比例するかのように、勢いも増してきている。 おそらくは、《ビリーズ・バウンス》と《アイル・リメンバー・エイプリル》あたりが、ノリがほぐれる境目だ。 《レディ・バード》のテーマにおいては、ガーン!と和音をたたきつけるようなピアノまで披露しているが、そんなところからも、彼女の気持ちの高揚感が推察出来る。 ピーター・インドのベースも隠れた聴き所だ。 正直、こんなに"歌う"ベーシストだとは思わなかった。 トリスターノ一派との共演では、イーブンで堅実な4ビートをひたすら刻み続ける裏方的なイメージの強かった彼だけに、ここでの活躍ぶりには目を見張るものがある。 《ビリーズ・バウンス》や《レディ・バード》のテーマでは、ピアノとともにベースもテーマの旋律を奏でているし、《テイク・ミー・イン・ユア・アームス》や《浮気はやめて》のベースソロはゴキゲン、かつ快調そのもの。 『ヒッコリー・ハウスのユタ・ヒップ』は、ピーター・インドの隠れた魅力を再発見できるアルバムでもあるのだ。 |
| (2004/08/15) (加筆修正 2010/04/05) |
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