CONCIERTO (CTI) |
| - Jim Hall |
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Jim Hall (g) Chet Baker (tp) Paul Desmond (as) Roland Hanna (p) Ron Carter (b) Steve Gadd (ds) Don Sebesky (arr) track 4 1975/04月 |
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アコースティック・ベースの表現力の深さの理由のひとつに音色がある。 アコースティック・ベースの音色を論ずる前に、まずは、エレキのベースについて考えてみよう。 エレキベース最大のメリットの一つは、単一かつ均一なトーンをクリアな音質でアンプから出力出来るということだ。したがって、ロックでよく用いられる均一なリフレイン(リフ)で、曲の ニュアンスを強烈に印象づけることが出来るし、このような奏法がもっともエレキの奏法にかなった使い方の一つだと私は考える。 くわえて、均等な8分音符のルート弾き。 若い人は、インディーズ系のバンドや、ピストルズをはじめとしたパンクバンドを思い浮かべるかもしれないし、30前後の人は元BOOWYの松井恒松のベースを思い浮かべるかもしれない。 つまり、1小節に同じルート音を8つ、均等に音のムラなく刻む奏法で、これは、ディープ・パープルの《スモーク・オン・ザ・ウォーター》が、その走りといわれているが、とにもかくにも、同じ音符を同じ長さで、“べべべべべべべべ”と弾いて、演奏のボトムを支える奏法だ。 ウッドベースでもこの奏法、出来なくもないが、いかんせん、音的なムラが生じやすい。均等かつムラの無いパターンをキープするには、やはり、エレキベースのほうが容易だし、楽器の特性上、理に適った奏法といえる。 さらにエレキベースの特性の一つとして、PAでの増幅がウッドベースよりも容易かつ扱いやすいということがある。よって、大きな会場でも、迫力ある低音を聴衆にぶつけることが可能だ(必ずしも良い音質になるとは限らないが)。 つまり、エレキ・ベースのメリットは、音色や構造の均一性が生む音の加工の容易さ、それゆえ大音量での演奏が容易、さらに、それにともなうギャラリーや会場の規模の増加に耐えうる構造を有していることと言えよう。 時代の流行が、狭いクラブや音響設計の施されたホールで演奏されることが主流だったジャズから、エレキベースの出現とシンクロするかのように、エレキベースの特性を効果的に用いたロックに人気が徐々に取って変わられたのは、象徴的な出来事なのかもしれない。 もっとも、タマゴが先かニワトリが先かの議論になってしまうので、エレキベースの出現でロックが市民権を得たとまでは言わないが、それでも、間違いなくロックの台頭と、ベースという楽器のテクノロジー(ハード)の進化は切っても切れない関係だといえよう。 もちろん、「だからエレキのほうが優れているのだ」と言いたいわけではない。 両者の優劣を競っても仕方が無い。 だって、そもそも両者は、まったく違う楽器なのだから。 言えることは、エレキベースにもアコースティックベースにも、それぞれ構造上の特性があり、これら道具を使用するミュージシャンは、これらの特性をどう料理して音楽に生かしているかにつきるのだから。 アコースティック・ベースにも、もちろんエレキには無い優れた特性がある。 それが、冒頭に書いた音色の深さの魅力だ。 ニュアンスに富んだ、レンジの広い音色ゆえ、エレキベースのような大音量での再生や、均一なラインを弾くにはあまり適しているとは言えない(もちろん不可能ではない)。 しかし、アンプで増幅されたエレキベースの音では絶対に不可能な一音のニュアンスの深さがある。 エレキベースとは対極な、音のレンジの広さがアコースティック・ベースの魅力なのだ。 たとえば、アコースティック・ベースの長くて太い弦をぶぃーんと弾いてみよう。 出てくる音は低音だけではない。 低く沈んだ低音はもちろんのこと、指板と弦がこすれる「カチッ!」という小さな心地良い音や、Fホールと呼ばれる、ボディの両脇に開けられた細長い穴から出てくる、ふくよかに増幅された暖かい音色。 大きなボディ全体が音の振動を拾い、それを共鳴かつ増幅させる。出てくる音は、弦の鳴りだけではなく、弦の鳴りに木と空気の円やかさがブレンドされた深い音となる。 ウイスキーもオークやシェリーなどで出来た木の樽で熟成されて旨みと味わいが加わるが、ウッドベースの音色も、ボディの木によって弦の音が円やかに熟成され、味わい深い音色に変化するのだ。 だから、一口に低音といっても、様々な種類の低音が空気中に放たれるわけで、たった一つの「ポン!」という音色一つとっても、非常に微妙で表情豊かな色彩を誇る。 エレキで弾くと無味乾燥なフレーズでも、アコースティック・ベースで神妙に弾くと、けっこう聴けてしまうフレーズに変身してしまうのも音色の魔力ゆえ。 これがアコースティック・ベース最大の魅力の一つ、“豊穣な音色”の秘密だ。 だから、アコースティック・ベースの録音は難しい。 弦の近くにピックアップ(弦の振動を拾うマイク)を備え付ければ、弦から発せられる音をダイレクト、かつクリアに拾えるので、音程や弦の音色そのものは綺麗に拾える。 ただし、木の音色まではほとんど拾えない。 だから、スタンドつきのマイクをボディの前に立てて、空気の鳴りも拾うという方法もあるわけだ。もっとも昔は、この方法が主流だったのだが。 しかし、空気の鳴りを録音するまではいいが、(つい立ての無いライブだと)演奏中のほかの楽器の音色もマイクが拾ってしまうし、なにより大きな音で再生しようとすると、ハウリングを起こすという欠点がある。 ハウリングとは、カラオケなどで、マイクをスピーカーの前に近づけると、鳴る「キーン!」という不愉快で耳障りな音のことだ。 だから、ベースの音の再生や録音のには色々な考え方があり、時代によって、あるいはミュージシャンの嗜好によっても様々な方法が選択されているようだ。 たとえば、PA、アンプの技術の黎明期の時代は、ベースに取り付けたピックアップが拾った音が増幅された、ちょっとトレブリーでカチカチした低音の成分の足りない録音が多かった。 ビル・エヴァンスの『アット・モントルー』におけるエディ・ゴメスの音色や、リターン・トゥ・フォーエバーにおけるスタンリー・クラークの音色を思い浮かべた人は、正解。 輪郭のはっきりした音色で、彼らベーシストのテクニックが伝わりやすくなった反面、ウッドベース特有の円やかな音が拾われているかというと、それは疑問だ。 その反動か、最近は、胴から出る空気の鳴りもきちんと拾うレコーディングが主流となっているようで、ポール・チェンバースを尊敬するクリスチ ャン・マクブライトは、胴の鳴りを大切にする最近のベーシストの中では筆頭格ともいえる。 また、藤原清登のように、ライブのときは、まったくの生音だけで勝負をするといった硬派なベーシストもいる。 もっとも、ある程度の音程が聞き分けられるクリアさもレコーディングのときは求められるので、ピックアップで弦の音を拾いつつ、胴から発せられる空気の音色の両方を拾って、後でミキシングをするといった手法が一般的なようだが。 では、ロン・カーターの場合はどうだろう? この人の低音の再生方法も、時代とともに微妙に異なってはいるが、少なくともジム・ホールの『アラフェンス組曲』を録音した75年においては、ウッドベースをエレキベース的な使い方をしていた、といえる。 ピックアップで拾った弦の音色を極端に音域を圧縮した音色で弾いている。 エレキ・ギターやエレキ・ベースをやっている方はご存知だと思うが、コンプレッサーを使用した音色なのだ。 最近はコンプレッサー内臓のアンプも出回っているので、エレキ楽器奏者の方なら、「ああ、なるほど」と納得していただけると思うが、コンプレッサーという装置を用いると、音の輪郭が際立つ効果が得られるのだ。 たとえば、エレキベースで弦を指板に叩きつけるスラップという奏法(日本ではチョッパーと呼ばれている)で弾く場合、弦によっては音が暴れた り、抑えるポジションによってはこもった音色になる。 このことを防ぐために、音に生じるムラを均質に抑えようという装置がコンプレッサーだ。 音を圧縮し、出てくる音を均一にする働きがあるので、乱暴に弦を叩いても、一定以上の周波数になると音の暴れが均等に抑えられる効果がある。 したがって、カシオペアやスクエアのようなベース、あるいはマーカス・ミラーやダリル・ジョーンズのような奏法を求めているベーシストにとっては無くてはならないエフェクターの一つがコンプレッサーなのだ。 あまり腕の立たないベーシストでもコンプレッサーをかませば、ある程度は実力以上にうまく聞こえさせてしまうという便利なコンプレッサーだが、音が均質になる反面、音のレンジが狭くなってしまうというデメリットもある。もちろん、音のレンジが狭くなるからこそ、一音一音の粒立ちがハッキリさせることが出来るのだが…。 しかし、先述したとおり、低音のみならず、中粋や高域の音色までもが絶妙にブレンドされて深い音色を醸し出すアコースティックベースにコンプレッサーをかけるとどうなるだろう? そう、音がつぶれる。 低域がカットされ、さらには高域もグイッと機械によって押さえつけられる。 そのぶん、弾いているベースラインの一音一音はしっかりと際立って聞こえる反面、アコースティックならではの音の深さはまったく失われてしまうのだ。 邦題『アランフェス組曲』。 このアルバムで弾かれるロン・カーターのベースの音色がまさにそれだ。 アコースティック楽器ながら、ニュアンスが非常にエレキ的なのだ。 しかし、このアルバムの演奏に関していえば、この音色がとてもよい方向に作用しているのだから面白い。 ロンの圧縮されつぶれた低音が、スティーヴ・ガッドがたたき出す、タイトで四角いリズムと絶妙にマッチしているのだ。 私は、冒頭の《帰ってくれれば嬉しいわ》の数音を初めて聴いたときは、なんて、ヘンな4ビートなんだろうと目と頭と耳が三角になってしまったが、聴き込むうちに、この演奏にはこの音色しかない!と思うまでになってきた。 たしかに、ハード・バップに聴きなれたリズムには異色に感じるリズム・フィギュアではあるが、粒立ちのハッキリしすぎた角ばったタイトなリズムに、円やかなジム・ホールのギター、甘いチェット・ベーカーのトランペット、ふわりと優しいデスモンドのアルトが絶妙にマッチしているのだ。 音色の配合の妙とはこのことを言うのだろう。 柔らかな音色で、しかも知的なソロを繰り広げる3人(特にチェット・ベイカーのトランペットが良い)をガッチリと固くつつむベースとドラム。 この両極端な要素の橋渡し的なローランド・ハナのピアノ。 本当に、絶妙な人員配置としか言いようが無い。 加えて、選曲の妙。一貫して、ブルーなトーンを持ってきたことが、プラスに作用している。 演奏で聴くのがジャズならば、音色で聴くのもまたジャズなのだ。 と、書くと、演奏はいまひとつのように誤解されてしまうが、もちろん、リーダーのジム・ホールをはじめとして、各人、優れたプレイを披露していることは言うまでもない。 |
| (2004/05/24) |
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