AL HAIG 1953 (Jazzbank) |
| - Al Haig |
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Al Haig (p) Conte Candoli (tp) Frank Rosolino (tb) Lee Konitz (as) Riche Kamuca (ts) Don Bagley (b) Stan Levey (ds) 1953/01/11 |
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貴重な音源には違いない。 しかし、よっぽどのアル・ヘイグ・マニア以外は手を出す必要は無いと思う。 演奏が悪いわけではない。 それ以前の問題で、気になるのは音質。 いや、音質というよりも音のバランスか。 ピアノの音が大き過ぎ。他の楽器の音がほとんど聴こえない。 大好きなリー・コニッツやコンテ・カンドリがアル・ヘイグと共演しているという興味でこのアルバムを購入したが、ピアノの音が大き過ぎるため、遠くのほうで管楽器が何かやってます程度の音しか聞こえないのだ。 この音のバランスの悪さは、プライベートな録音なので、仕方の無いことだと思う。 ただ、バランスの悪さゆえ、演奏をトータルで楽しむといったことは、よっぽど耳が器用な人じゃないと難しいと思う。 なにしろ、普通に聴いているだけでは、コニッツもカンドリも、どんなプレイをしているのかすら分かりづらいのだ。 強いていえば、アル・ヘイグのピアノのスタイルを分析・研究しているピアニストにとっては、アル・ヘイグのバッキングの和声やコンピングのタイミングを研究するには格好の素材かもしれない。 なにしろ、ピアノの音の比率が、全体の80パーセント以上を占めているといっても過言ではない内容なのだから。 私は醤油が好きで、エビフライにもソースよりも醤油をかけるほどの醤油派だが、いくら醤油が好きだからといって、味のバランスを欠くほど醤油をかけ過ぎた料理は好きではないし、食べたいとも思わない。 それと同様、私はアル・ヘイグは好きなピアニストの一人だが、いくら彼のピアノが好きだからとはいえ、ピアノの和音の音ばかりが内容の多くを占めるような録音バランスの演奏は、ちょっと辟易だ。 正直に告白すると、最後まで聴き通すには相当な忍耐を強いられた。軽い頭痛すら起こったぐらいだ。 コルトレーンの『アセンション』や、オーネットの『フリー・ジャズ』でも、ここまで忍耐と頭痛は強いられなかったので、音のバランスがいかに大事かということを今さらながら思いしらされた感じだ。 『アセンション』にしろ、『フリー・ジャズ』にしろ、サウンドやコンセプトの過激さや、試みの成否は別としても、“面白いサウンド”、“興味深い実験内容”として聴けてしまう内容だが、このアルバムは、オーソドックスな4ビートで演奏されているだけに(つまり日常的に聴きなれているフォーマットなだけに)、かえってバランスの悪さが際立ってしまい、無意識に耳で受信した音の情報を頭の中のイコライザーが補正しようとするからだろう、頭が疲れ、結果、軽い頭痛の引き金になったのだと思う。 《グッド・ベイト》にしろ、《スクラップル・フロム・ジ・アップル》にしろ、各メンバーの長いソロがすべて終わり、テーマに戻った瞬間の安堵感といったら無かった。 「ふ〜、ようやく終わってくれるのか」って感じで。 もちろん、ハリウッドの「クレフ」というクラブで彼らの演奏を聴いていた観客は、そんなことはなかっただろう。 コニッツやカンドリの熱演も楽しめただろうし、ホーン奏者たちの後に、いよいよ登場するヘイグの屈折した情熱がたっぷりのピアノも普通に鑑賞出来たに違いない。 しかし、このセッションで録音されたピアノの音の塊ばかりが封じ込められた音源を聴く我々にとってみれば、言い方悪いが、“音の悪いジャムセッションの記録”以上でも以下でもない。 「アル・ヘイグは、こんな人たちとこんなセッションをやっていたこともあるんだ」という興味で聴く以外は、あまり目ぼしい要素はないし、特筆すべき内容はあまりない。 いや、もっと聴き込めばあるんだろうけど、なにせ、そこまでの気力が…。 “聴いて嬉しいCD”というよりは、“持ってて満足”なCDと言えよう。 |
| (2003/08/04) |
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