GROOVIN' WITH GOLSON (Prestige) |
| - Benny Golson |
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Benny Golson (b,syn) Curtis Fuller (ts) Ray Bryant (p) Paul Chambers (b) Art Blakey (ds) 1959/08/28 |
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私と大学時代の数人の友人は、ベニー・ゴルソンのことを親しみをこめて「ゴル」と呼んでいた。 友人の家でCDを再生し、ゴルが熱演を繰り広げるたびに、「く〜、ゴルめぇ!(笑)」なんていいながら、床の上を笑い転げたものだ。 ゴルはイモだ。 つまり、《アイ・リメンバー・クリフォード》のようなイイ曲を書くし、アレンジも秀逸だが、テナーサックスのプレイが(もちろんいい意味で)アカ抜けなく、多少野暮ったさがつきまとう。 カタチからジャズにはいった私。カッコいい音に憧れ、知的なイメージをジャズに抱いてジャズに入門した私にとっては、『モーニン』や、『ファイヴ・スポット・アフター・ダーク』の演歌っぽいイモくささが、長年つまづきの石だったことは否めない。 メロディアスで親しみやすいのはいいのだが、2拍4拍のアフタービートよりも、1拍3拍の「前手拍子」が似合う曲調。シャープなカッコよさは皆無。 だったら、いままでどおり洗練されたテクノやメタルを聴くほうがまだマシ。カッコいい音楽を求めて入門したジャズなのに、なんで今まで聴いていたものより、はるかにダサダサなものを聴 かなきゃあかんねん、……と長年思っていたことを正直に告白いたします(笑)。 先述した《モーニン》にしても《ファイヴ・スポット》にしても、ベニー・ゴルソンが絡んでいることに気づいたときは、イモな音のイモ総帥は 「ゴル、お前が黒幕か!」 と叫んだほど(笑)。 モッサリとしていて、砂糖がたっぷり盛り込まれた音楽を作っていたのはゴルお前かぁ〜!(笑) と思ったものだ。 しかし、そんなこんなと勝手なことを言っているうちに、私も、だんだん、じわじわと「ゴルの毒」、すなわち、砂糖な要素にじわじわと侵食されてしまい、今でも必死に戦ってはいるのだけれども(笑)、この人のセンスに馴れてきてしまったこの自分を呪う(笑)。 しかし、気づいた点がある。 この人は、単なる野暮天、イモ天ではないということ。 ちゃーんと計算しているのだ。 少なくとも、本能や感情のおもむくままに演奏や曲を書いているわけではない。受け手が好む砂糖の量を絶妙なさじ加減でコントロールをしていることが、だんだんわかってきた。 そんな彼の知的な一面と、さじ加減の巧みさがわかる一枚が、『グルーヴィン・ウィズ・ゴルソン』だ。 ジャケ写でほくそ笑むゴルこそが、人々に受け入れられやすい甘い毒を絶妙にジャズの中に注入している張本人(笑)。 そして、悔しいことに、このアルバムの内容、悪くないんだよね。 だからこそ、よりいっそう「ゴルの毒」にやられてたまるか!と思う私は、すでに90パーセント以上ゴルの毒に侵食されている身体だということに気づかずに、いや、認めようとせずに、今日もゴルを聴く。 ああ、ゴルゴルゴル。 カーティス・フラーのトロンボーンでトロみを増したアンサンブル。 特にスタンダードの《時さえ忘れて》や《イエスタデイズ》の、テーマのアレンジなど、ベタベタに原曲の輪郭を太く強調されており、ダサさのスレスレ一歩手前。 サイドマンの演奏も、地に足がドッシリと着いたブレイキーのドラミングに、ゴスペルにルーツを持つレイ・ブライアントがピアノなのだから、分かりやすく親しみやすいのだけれども、シャープなカッコ良さは求めるべくもない。いや、求めるほうが間違っている(笑)。 しかし、ゴルソンのテナーサックスの音色がなんともモッサリとしていい味なのだ。スースーと空気が漏れるような掠れた音が、アーシーな黒さを増し、ぐるぐると円を描くようなフレージングがそれに拍車をかける。 そして、《モーニン》にも登場するベタなフレーズも時おり顔を出し、曲によっては《モーニン》のような熱に浮かされたような力演を繰り広げる。 とくに《ザ・ストローラー》のプレイが凄い。 というわけで、聴けば聴くほど“ゴルの微毒”に身体が餌付けされ、時おり麻薬中毒患者のように「あ〜、ゴルを聴きてぇ、ゴルが聴きてぇ〜」と夢遊病患者のように手が伸びてしまう罪なアルバムが『グルーヴィン・ウィズ・ゴルソン』なのだ。 |
| (2009/01/11) |
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