FEELIN' THE SPIRIT (Blue Note)
- Grant Green

  1. Just A Cloer Walk With Thee
  2. Joshua Fit De Battle Ob Jericho
  3. Nobody Knows The Trouble I've Seen
  4. Go Down Moses
  5. Sometimes I Feel Like A Motherless Child
  6. Deep River

Grant Green (g)
Herbie Hancock (p)
Herbie Hancock (b)
Billy Higgins (ds)
Garvin Masseaux (tambourine)

1962/12/21

陶酔の境地でギターを奏でるグラント・グリーン。
この素晴らしいジャケ写の『フィーリン・ザ・スピリット』は、彼が本質的に持つ肉感的なフィーリングを余すことなくとらえた彼の代表作の一枚だ。

ゴスペルに題材を求めた本作。
もとより、ジャズギタリストとしての自覚がなく、どちらかというとブルース、リズム&ブルースが得意フィールドだと思っていたグラント・グリーンのギターを活かすための格好の企画だ。

本作の代表曲とされる2曲目の《ジェリコの戦い》については、『さわりで覚えるジャズ名曲25選』(中経出版)にも書いたので、今回は4曲目の《ゴー・ダウン・モーゼス》に注目してみたい。

この演奏、テーマ自体は大したことのないメロディなんだけれども、アドリブにはいってからのプレイが凄い。
倍速テンポのフィーリングで、グリーンはノリにノッている。

とくに、最初のソロよりも、ハンコックのピアノソロ終了後に再び登場するグリーンのギターが最高にグルーヴィ。
もちろん、これはバックで煽るハンコックのお手柄でもある。アーシーなようでいて、その実、かなり精妙なハンコックのピアノのバッキングがあるからこそ、グリーンはここまでノレたのだ。

クラシック教育を受けてきたハンコックだが、自作曲の《ウォーター・メロンマン》の演奏を聴けば分かるとおり、彼はグルーヴィでファンキーな曲のバッキングをもお手のものだ。

このゴスペル集のような素朴、かつブラックアメリカンのルーツに根ざすような、グルーヴィなフィーリングのナンバーも、まさにハンコックのバッキングを活かすには格好の素材といえる。

しかし、だからといって、彼のファンキーなフィーリングは、たとえばジーン・ハリスのようなプレイヤーが持つ、根っからの天然なアーシーさとは一線を画することも確か。

ヘンなたとえだが、たとえば学習院付属のような小学校に通っている如才ないお坊ちゃまを私は連想してしまう。
彼は、皇室の“ご学友”とも如才なく付き合える一方で、下町の団地住まいで生活保護を受けている母子家庭の半ばグレかけた悪ガキ集団とも如才なく付き合えるという、そういう根っからの器用さを感じるのだ。

最近の引っ張りだこの著者でいえば、明治大学教授の齋藤 孝にも近いものがあるかもしれない。
彼は本業をこなしつつも、TV番組に出演し、雑誌の取材にも積極的に応じ、ほぼ月に一冊ペースで本を出しているんじゃないかというぐらいの凄まじい出版ペースを誇っている。

試みに、いま、アマゾンで“齋藤孝”と入力してみたら、115冊の本が検索された。
もっとも対談や監修の本もあるからすべての本を彼が書いたというわけではないが。
テーマも「日本語」、「三色ボールペン」からスタートしつつ、やたらタイトルに「〜力」が目立つが、教育から仕事術、それにコミュニケーション術などと、守備範囲は広い。
なかには、倉田真由美と「恋愛論」を対談している本もある(笑)。

失礼ながら、女性にモテモテ!というタイプには見えない彼だが、話題の引き出しの豊富さと、持ち前の人当たりのよさゆえ、「恋愛論」の本も、深いレベルにまでは達しているとはいえないものの、器用にクラタマ(倉田真由美)と話を合わせ、「恋愛論」の本としての体裁を維持しているところが凄い。
…それを買って読む私も凄いが(笑)。

だから、《ウォーター・メロンマン》や《ゴー・ダウン・モーゼス》におけるハンコックのピアノの精妙なバッキングを聴くと、なんとなく如才なく、編集者、プロデューサー、そして購買者が求めているニーズにやすやすと合わせてしまう齋藤孝的マルチな小器用さを感じてしまうのだ。

一聴、黒人特有のアーシーさを感じるが、よく聴くと、このアーシーさは天然なフィーリングから滲み出るものではなく、「こんな感じかな?」という観察と学習の成果、つまり冷静な分析と訓練の結果に聞こえるのだ。

土臭さを装っているけれども、微妙に土臭くないんだよね。
育ちの良いお坊ちゃまが、下町の子の好みやテイストを周到にリサーチして、「〜じゃん」なんてご当地訛りを交えながら、近所の悪ガキたちとも、それなりに仲良くやっているような、そんなニュアンスかな。

だからといって、それが悪いというわけではない。
むしろ、冷静な眼差しで、ゴスペルタッチのアーシーなフィーリングを観察・分析をしているからこそのプレイが光っていることも事実で、たとえば《ゴー・ダウン・モーゼス》の後半のグリーンのバッキングの細やかさと軽やかにノリをあわせる様は、天然にアーシーさを出すピアニストには真似の出来ないプレイだ。

このアルバムの面白いところは、前編にわたって、グラント・グリーンを煽りまくっているハンコックのバッキングと、ハンコックの考え抜かれたバッキングに乗ってノリにノリまくるグリーンのプレイのギタープレイのオイシイ溶け具合だ。

天然なリーダーと、冷静な名参謀。
いつの世も、この組み合わせは強い。

新選組の近藤勇と土方歳三の関係や、ホンダの本田宗一郎と藤沢武夫の関係のように。

違うタイプの二人がガップリと組んで生まれたこの傑作は、主役のグリーンの代表作なことはもちろん、同時に、ハンコックの隠れ名盤でもあるのだ。
(2006/05/01) 


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