先日、ジャズ好きの友人と呑みに行った。
ジャズ歴30年以上という筋金入りの人だ。
彼と私は、ジャズの好みがかなり一致しているので、いつも会話が弾む。
弾み過ぎて、終電で帰ったことが一度も無いほどだ。
最近の彼は、ヨーロッパのジャズマン、ことにピアノトリオに入れ込んでいるようで、私もそれほど熱心にチェックしているわけではないが、エスベヨン・スベンソンのピアノが良いね、でもヨーロッパものを立て続けに聴くと、ブルーノートが恋しくなるよね、なんて他愛もない話で盛り上がっている。
女の子のいる飲み屋に行っても、女の子そっちのけで、二人の話題はジャズばっかり。
「ボクたち、ジャズと飛行機のプラモデルの話しか出来ないんだよ」なんて冗談を言いつつも、実際のところ本当にそうなので、なんだか気持ち悪い野郎コンビだと思われなければ良いなぁと思っている。
もっとも、私はともかくとして、彼はとてもお洒落で趣味の良いファッションに身を包み、物腰柔らかく、非常に品の良い感じの紳士なので、「オタクッ!!」という雰囲気は微塵も感じさせないが。
ソフトな物腰で、女性からの受けも非常に良いので、今のところ我々は「怪しい単なるオタク野郎」には見られてないとは思うが…。
そんな彼といつものように楽しい楽しいジャズ談義。たまたま話題がギターになった。
グラント・グリーンの『アイドル・モーメンツ』を花園神社の近くの飲み屋(新宿ゴールデン街)でシンミリと聴くといいだろうなぁ、なんてことを話したら、そうそう、ボクもそう思います!なんて盛りあがったりもしたが、私が、ヴァーヴの『タル』も好きなんですよ、と言ったら、一瞬彼の顔が曇った。
どうやら、彼はジム・ホールは好きだが、タルのことはあまり好きではないらしい。
「だって、三味線みたいなんだもん。」
なるほど、三味線に喩えましたか。
私は、彼のギターの腰とアタックの強さに惹かれているのだが、嫌いな人にとっては、この“ぶっ太い”音の輪郭がダメなのかなと興味深かった。
それに加えて『タル』で共演しているピアノのエディ・コスタ。
彼のピアノの音も、かなり硬質だ。
パキポキ・ポキバキと割り箸を折るような音でピアノを弾く。
この音も彼は苦手なようだ。
しかし、タルとコスタ両名に共通しているものは、独特な音色だけではない。
抜群のドライヴ感もある。
粒のはっきりとした音色に加え、かなり強靱にフレーズがウネっていることも忘れてはならない特徴だ。
そんな二人だからこそ、ヴァーヴの名盤『タル』にはドラムは必要なかったのだと思う。
ボーッと聴いていると、ドラムの入ったギターカルテットを聴いている錯覚に陥るぐらいだ。
実際、今、『タル』を聴きながら本稿を書いているが、頭の中で勝手にブラシが「シュッ・シュッ」と鳴っているぐらいなのだから。
この『タル』のトリオは音的にも非常にバランスの良い組み合わせだと思う。
タルとコスタの音色は芯が強く、腰のある音色だが、そんな彼らを背後で柔らかく支えているベースのヴィニー・バークの存在も忘れてはならない。
彼のベースの音色は気持ちがよい。柔らかく、暖かい丸みを帯びた音だが、腑抜けた音では決してない。
音の頂点では、プチッ・プチッと弾けたような気持ちの良い音もするし、腰の座った低音をコンスタントに刻み続けている。
固めの音のギターとピアノを、柔らかく暖かくベースが包むという構図。このサウンドのバランスは、これはこれで一つの音の完成品。これ以上、何かを足す必要も、引く必要もない。
理想的な音色のブレンド具合だと思う。
さて、この『タル』は、くつろぎムードの「ロマンティックじゃない?」から始まり、ミドルテンポが心地よい「ゼア・イズ・ノー・グレイター・ラヴ」、「ハウ・アバウト・ユー」と、少しずつ演奏のテンポがアップしてゆく。
前半の演奏も悪くはないが、私はアップテンポの中盤が好きだ。
すなわち「エニシング・ゴーズ」と「イエスタデイズ」。
スローテンポの「ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ」を飛ばして「チャックルズ」の3曲。
スローテンポ、ミドルテンポのリラックスした演奏も悪くはないが、私はこのトリオの真価はアップテンポにあり、と思っている。
特に怒濤の「イエスタデイズ」は圧巻。
こんなアップ・テンポの「イエスタデイズ」は聴いたことがない。
「チュニジアの夜」のような、半音を上がったり下がったりするリフで始まるのも面白いアプローチだが、一気に駆け上がるように途中のテーマからピアノがなだれ込むところから、怒濤の演奏が開始される。
テンポが速くなっても決してピッキングの粒が乱れないタル。
「そんなに気張らなくても…」な、コスタのしゃかり気なピアノ。
中盤の鍵盤の低域を連打するあたりが、かなり「くる」演奏だ。
この固いピアノの後ろで、一糸も乱れぬサポートをするヴィニーのベースのなんて柔らかくて優しいことか。
やっぱり、このトリオは、サウンドのブレンド具合が絶妙だ。
でも、この音色も嫌いな人もいるんだから、人の好みって本当に分からない。
タル・ファーロウの経歴は面白い。
ギタリストになる前は看板屋さんだったのだそうだ。20歳の頃は看板の絵描きだった彼。
看板屋だから、黒人専用のダンス・ホールに自由に出入りでき、好きなだけ、出演ミュージシャンの音楽を聴くことが出来た。
カウント・ベイシーや、その楽団にいたレスター・ヤングをたっぷりと聴けたことが彼にっては大きな収穫だった。
その頃から、ギターでチャーリー・クリスチャンのコピーに没頭していたらしいが、レスター・ヤングのフレーズをギターで弾くとチャーリー・クリスチャンに似ていること、レスターのフレーズはギターに置き換えると弾きやすいなどと、興味深い発見もしている。
譜面は読めないようだ。
フィル・ウッズやジミー・レイニーと同じ部屋に下宿したり、パーカーと共演したり、レッド・ノーヴォ・トリオで活躍したりと、あとはトントン拍子に“ジャズの真っ只中”で活躍していたタル。
彼のモダンな感覚は、この“ジャズ生活”の中で培われたのだろう。
54年に初リーダー作を吹き込み、この『タル』の吹き込みは56年のこと。
都会での生活やツアーに嫌気がさして、59年の末には、再び看板屋さんに逆戻り。
68のに、かなりマイペースな人なんだなーと思う。
パット・マルティーノやジム・ホール、バーニー・ケッセルなどのギタリスト達もタル・ファーロウを好きなギタリストに挙げているほどの影響力の持ち主でもある。
『タル』は、私にとっては彼のベストアルバムだ。
本当のことを言ってしまえば、タルの太いギターサウンドさえ聴ければ、どのアルバムでも良いのだが、やっぱり『タル』におけるピアノとベースの音色の混ざり具合がとても気持ち良いのだ。
香りの良いコーヒーと、極上のサウンドブレンドを味わいながら過ごす一時
は、なかなか贅沢な気分になれますよ。