WE WANT MILES (Columbia)
- Miles Davis

  1. Jean-Pierre
  2. Back Seat Betty
  3. Fast Track
  4. Jean-Pierre
  5. My Man's Gone Now
  6. Kix

Miles Davis (tp)
Bill Evans (ss)
Mike Stern (g)
Marcus Miller (el-b)
Al Foster (ds)
Mino Cineru (per)

1981/07/05 & 10/04

マーカス・ミラーを何か1枚!と問われれば、本人のリーダー作よりも、私はマイルス・デイヴィス復帰後のライブ盤『ウィ・ウォント・マイルス』を推したい。

彼は、ベースのプレイヤーとしても、そしてアレンジャーとしても非常にセンスの良いミュージシャンだと思う。

そして、彼の卓越したセンスを伺えるプレイは、初期のデヴィッド・サンボーンのアルバムのように、むしろサイドマンとして参加したアルバムの中でのほうが感じとれる演奏が多いのだ。

その筆頭は、なんといっても復帰後のマイルス・デイヴィスのライブ、『ウィ・ウォント・マイルス』だ。

音数を節約したシンプルながらも存在感のあるプレイで、当時のマイルスのグループの音空間の屋台骨を見事に構築している。

音の引き算と足し算を心得、憎らしいほどまでに空間配列のセンスと、演奏の先を見据える直観力。彼のアンサンブルのセンスには並々ならぬものがある。くわえて、それを裏付ける抜群の演奏技術。すでに、マーカスの音楽性は荒削りながらも、この時期から音楽家としては完成の域に達していたのだ。
たしか、このときのマーカスは22歳前後。
この若手ベーシストが、早くも、帝王マイルスの新生バンドのサウンドのイニシアチブを握っていたことが手に取るように分かる。

『ウィ・ウォント・マイルス』を聴けば、マーカス・ミラーの卓越した空間構築能力を存分に楽しめると思う。
フュージョン嫌いも唸らざるを得ない見事なグループとしてのまとまり、緊張感、脈打つ躍動感。これらはおそらくはマーカス無しでは成しえなかった。

彼はいまや、ジャコ亡き後のベースヒーローの筆頭と言っても良い存在だ。
『ジャズ・ライフ』や『ベースマガジン』のような“楽器マガジン”には欠かせない人物と言える。
ミュージシャンズ・ミュージシャンという言葉があるが、この言葉をもじれば、彼はまさに、ベーシスツ・ベーシストともいえ、プロ、アマチュア問わず、彼のベースプレイを研究&注目しているベーシストは数多い。

しかし、ベーシスト以外のリスナーからみると、彼の存在ってどうなんだろう?

私はベーシストながらも、超絶技巧には正直あまり興味がない。
具体的には、音数多いプレイに速弾き。そして、ちょっぱぁベシベシといった技巧。巷のベース小僧が「お〜すげぇ、もっと練習シナクチャ」とお決まりのセリフを発するようなプレイだ。

ベーシストのベーシストのための音楽にも聴こえるし、優れたテクニックに驚く楽しさもあるにはあるが、それはサーカスやジェットコースター的な楽しさでもあり、その場は確かに驚きの連続かもしれないが、あまり心に響かない。感心はするが、感動はしないのだ。

もちろん、ジャコや、アンソニー・ジャクソンのいくつかのプレイには、技巧の裏づけなくしては得られない、ある種の感動があることも確かなので、例外はもちろんある。

しかし、私の場合はあくまで、全体の音楽の構築に貢献するタイプのベースのほうが好みだ。

もっともパーシー・ジョーンズやミック・カーンは例外だけどもね。
彼らほどの個性の持ち主であれば、ベース中心に音楽が構築されてもいいとは思う。
しかし、この2人はあくまで例外で、やっぱりベースの本分をわきまえた上で、なおかつキチンと主張をしているベースのプレイに惹かれる。

マーカス・ミラーはベース小僧からは“技巧派”と見られているようだ。
彼のスラップ(ちょっぱぁ)プレイのいくつかは、難易度の高い技巧として、しばしば“楽器雑誌”の格好の特集対象となるし、彼の改造されたフェンダーの75年製のジャズベースや、セッティングはアマチュアのみならず、プロベーシストからも注目の的となっている。マネしてるベーシストのいかに多いことか。

しかし、彼の技巧や奏法は“同業者”からの好奇心の対象となってはいても、“ミュージシャン”マーカス・ミラーの本質は、演奏に常に向けられているクールな眼差しと空間構築能力のセンスだと思う。

このマーカスのセンスをたっぷりと味わえるのが『ウィ・ウォント・マイルス』というわけ。
しかも、相手は帝王マイルスに、ベテラン、アル・フォスターに加え、当時の新進気鋭のマイク・スターンといった面々。演奏そのものも面白くないわけがない。

『ウィ・ウォント・マイルス』は、マイルスの数あるアルバムの中でも情報量の多いアルバムだ。
聴くたびに新たな発見がある。

『ダーク・メイガス』や『パンゲア』のように、引退前の濃密でむせ返るほどにサウンドのエナジーが凝縮された演奏内容とは打ってかわり、1981年に行われた約6年半ぶりのライブ演奏は、演奏全体を支配する緊張感は変わることないが、サウンドとサウンドの距離感がまったく違うところが注目に値する。

ピート・コージーやマイケル・ヘンダーソンを擁していた長期引退前のエレクトリック・マイルスのサウンドは、一言「濃密」。
さながら満員電車のように熱のこもったサウンド同士が押し合いへしあい。
そこから生まれる異常なエネルギーの磁場が演奏全体を支配していた。

ところが、『ウイ・ウォント〜』のマイルス・サウンドは、「濃密」とは対照的な「拡散」。
サンド同士の距離感が計算されたかのように緻密で、良い意味で風通しが良い。一言でいえば、かなりクールなサウンドだ。

もちろん、演奏者のテンションはクールの対極だと思う。しかし、内面にほとばしる熱気をグッと飲み込む、巡航速度はあくまでフォルテではなく、メゾピアノぐらいのテンションに押さえ込む。

高速回転が可能なエンジンを、通常よりも低めのテンションにアイドリングさせておき、ここぞという局面で、フォルテッシモに爆発させる!

通常のテンションを低めなメゾピアノに保つことによって、フォルテッシモになったときの爆発力がより一層強調されるのだ。

アイドリング状態のクールなテンションを保ち、ダラけさせることなく演奏全体を締めるのが、1にも2にもマーカスのベースだということは言うまでもない。

沈黙と熱狂のダイナミックレンジの幅の大きさ。これをストイックなまでにずっしりと支えるマーカスのベースは、官能的でありながらも、常にストイックな醒めた眼差しも感じさせる。だから、このアルバムをマーカスの代表作に挙げることに何ら躊躇がないのだ。

私は《ジャン・ピエール》や《バックシート・ベティ》の冒頭のような、クールに押さえられたテンションが好きだ。
この深く静かに潜行しながら始まる演奏前半は、やがて後に襲いかかる大きな嵐を連想させる。

そして、大きな嵐の役割を担わされているのが、マイク・スターンのギターのことが多い。

ロック・ギタリストもビックリなビッグで骨太なトーンで咆哮するスターンのギターは、おそらく音数多く弾こうと思えばいくらでも弾けるであろうギタリストが、あえて、100個の音符を1個の音に込めているようなエネルギーの凝縮感があり、少ない音数ゆえの説得力はスゴイものがある。

マイク・スターンは、マイルスからは「初めてギターを持った人のように弾け」と命令されていたそうだ。
おそらく、後年のスターンの饒舌なプレイを聴いた後に『ウイ・ウォント・マイルス』を聴けば、マイルスの指示への一つの回答がこの「言葉少ないが声がデカい」サウンドなのだということが分かると思う。

マーカスの貢献で、スタティックな局面でも躍動感を失わず、スターンの貢献で、ラウドな局面は思い切りラウドに盛り上げる。

ダイナミクスのレンジの幅が非常に広いバンドでもあったのだ。

私はこれを聴くたびに、頭の中に透明な冷たい水が流れてゆくような、冷たく落ち着いた心地よさを感じる。神経がピリッと緊張し、背筋がいつのまにかシャンとしている自分を発見する。

音楽のタイプは全然違うが、まるでマイルスとモンクの奇跡的に美しい共演の《バグズ・グルーヴ》を聴いているような心地よい緊張感。
演奏スタイル変われど、マイルスの持つ空気は何年経っても変わらないのだ。

当時のライブを直に観た人の話によると、マイルスはヘロヘロに疲れていて見るに忍びなかったのだそうだ。
かくいう私も、このときの新宿の旧副都心で行われたライブ映像が大好きしょっちゅう観ているが、ビジュアルで鑑賞する演奏風景と、音だけで感じる音のギャップの大きさに驚く。

映像で観るマイルスは、ステージをたどたどしく歩きながら(自動車事故の後遺症で歩いていないと激痛が走るのだそうだ)吹かれるマイルスのトランペットは、デリケートでか細く感じるが、『ウィ・ウォント・マイルス』をかけて音から感じるマイルスのトランペットは元気そのもの。

一音一音がものすごく重たい。
力を込めて空間を捻り切っているかのようだ。

とくに、ミュートを外してオープンで吹かれたときの音の音圧と重さは特筆に価する。

マーカスやマイク・スターンといった当時の“新人”の新しいプレイ、柔軟に局面を組み立てるアル・フォスターのドラミングとミノ・シネルのパーカッション。
帝王の威厳を見せるマイルスの重いトランペット。

静から動へのダイナミックな局面の変化。

どこを取っても、この魅力だらけのこのアルバムは、復帰後のマイルスの諸作の中では私がもっとも愛聴するアルバムだ。

ただ、不満もないではない。
このアルバムの唯一の不満は《バックシート・ベティ》が途中でフェイド・アウトすること。

マイク・スターンのギターがジャーン!と鳴って、いよいよこれからだぜ!と盛り上がる気配を見せたところで、フェイドアウト。それはあんまりなんじゃないですか? せっかくこれからイイところだったのに…。 脱ぎかけのズボンをまた履けということですかい? あららなんてお下品な。

《バックシート・ベティ》という曲の持つクールな雰囲気が好きなだけに肩すかし感の否めない演奏ではある。

しかし、心配はご無用。《バックシート・ベティ》を最後まで聴きたくなった場合は、ノーカット盤の『ライヴ・イン・ジャパン’81』を聴くようになった私。
演奏内容が『ウイ・ウォント・マイルス』とは著しく異なるが、個人的には、こちらのバージョンのほうが好きだ。
(2006/09/17) 
(加筆:2011/09/23) 

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