OUT TO LUNCH (Blue Note)
- Eric Dolphy

  1. Hat And Beard
  2. Something Sweet,Something Tender
  3. Gazzelloni
  4. Out To Lunch
  5. Straight Up And Down

Eric Dolphy(as,bcl,fl)
Freddie Hubbard(tp)
Bobby Hutcherson(vib)
Richard Davis(b)
Tony Williams(ds)

1964/02/25

以前、脳学者の加藤総夫氏は、ドルフィー宇宙人説を唱えていたが、私もこの説に一票を投じたい。

曰く、「ドルフィーは死んだのではなくて、地球の音楽をちょっとだけ変えて宇宙に戻っていった」
たしかにそうかもしれない。

エリック・ドルフィーは、ジャズという音楽をやっていた。
ベースとなるのは、フォー・ビートというリズム、すなわち、当時の、モダンジャズの一般的なスタイルだ。

他のジャズマンと同様、ドルフィーもこのビートを土台にしてアルトサックス、バスクラリネット、フルートを駆使して自己表現をしていた。

しかし、ドルフィーを聴けば聴くほど感じるのが、妙な違和感。
もちろん、それは気持ちの良い違和感なのだが、彼のプレイは、もはや4ビートの枠をはみ出た表現に感じるのは私だけではあるまい。

ドルフィーにとって、たまたま自分の音楽に一番近いスタイルが4ビートだから、このスタイルで演奏しているだけ、という感じがするんだよね。

ドルフィーが生きていた時代は、人類は、ドルフィーの個性を最大限に生かすリズムを発明できなかったんじゃないかとすら思ってしまうのだ。

ドルフィーが生きていた時代の最も先鋭的な音楽が、たまたまジャズだったから、このスタイルを借りて演奏しているだけという気がする。

それは、今でもそうかもしれない。
いまだ、人類は宇宙人(=ドルフィー)の表現にフィットするサウンドを作りえていないような気がする。
それだけ、彼の表現は、あまりに進みすぎているのだ。

しかし、1枚だけ、ドルフィーの異端な個性を掬い取る、奇妙ながらも美しい成果が残されている。

『アウト・トゥ・ランチ』だ。

ドラム、ベース、ラッパ、ヴィブラフォンという珍しい編成。
これらの楽器が立体的に交錯し、奇妙に歪んだ空間を構築している。

ドラムのトニー・ウィリアムスが、精緻かつ大胆な空間を構築し、ボビー・ハッチャーソンのヴァイブが打楽器のように、空間を転げまわる。
さらに、リチャード・デイヴィスが不穏な空気を加味する。
彼らの生み出すリズムは、まるで四次元空間。

このリズムの谷間を縦横無尽に疾走するドルフィー。
まさに、これまでどこにも存在しなかった、捩れた美しさを誇る音楽の完成だ。

ジャケットも秀逸。
「ランチにつき外出中」。

オフィスの前に掲げられた看板の下には、いくつもの時計の針が。
地球を去ったドルフィーは、いったい、いつ戻ってくるのだろうか?
(2010/10/19) 

もしかしたら、エリック・ドルフィーの吹奏を100パーセント活かせる器(リズム)を人類はいまだ発明していなのではなかろうか。
『アウト・トゥ・ランチ』を聴くたびに、いつもそう思う。

たしかに、4ビートというリズムは、非常に柔軟性のあるリズム・フォーマットだと思う。

しかし、ドルフィーの「声」は、軽く4ビートのリズムフィギュアを跳び越えてしまっているのではないかと思う。
もちろん、ドルフィーのアルトやバスクラが4ビートに相応しくないというわけではない。彼の演奏は、4ビートという“道路”の上を軽やかに疾走することだって出来る。
しかし、その疾走感には、F-1の車が公道を走るような違和感が常につきまとうのだ。
50ccのバイクからトラックまで、ミニバンからトレーラーまでが走る何の変哲もない普通の道路。もちろん、F-1の車だって走ろうと思えば走ることは出来るのだろうが、やはり性能や役割に相応しい道路(サーキット)が必要だろう。

しかし、ドルフィーの生きた時代には、ドルフィーというレーシングカーの性能を存分に引き出せる場所はついぞ見つからなかった(そして、今でもそれは無いのかもしれない)。
だから、彼は自ら、自分専用の道(=リズム)を作るしかなかった。
そして、生まれたのが『アウト・トゥ・ランチ』。

ドルフィーとトニー・ウイリアムスとは初共演だが、トニーは正確にドルフィーの描こうとした世界を把握していたんじゃないかと思う。
ドルフィーとの相性は抜群に良いし、常にドルフィーの一歩先を読みながらリズムを構築しているように感じる。

トニーが叩き出す、正確な歪みが加わった時間の骨格。
そして、この中を縦横無尽でものすごい速度で疾走するドルフィー。

『アウト・トゥ・ランチ』を聴くと、ドルフィーが自分なりの新しいリズムフィギュアを作ろうとした実験過程を垣間見るようだ。
“実験過程”と書いたが、作品としては、もちろん一個の独立した完成品だ。
実験作でもあるが、不思議な気分のパッケージとしては、素晴らしい完成度を誇るアルバムでもある。
私は『アウト・トゥ・ランチ』を聴くと、いつも不思議な気分になる。
ドルフィーが描こうとしていた世界に思いを巡らせるからだ。
彼の頭の中には、どのような音楽的設計図やイメージがあったのか、私には想像がつかない。
しかし、微妙に歪んで、冷静に発狂した世界を、とてつもない正確さと執念をもって最後の最後まで丹念に描写しようと腐心したのではあるまいか?

変拍子。
突発的なリズムチェンジとアクセント。
情緒を廃した曲群。
ピアノを排し、硬質なボビー・ハッチャーソンの幾何学的なヴァイブを配することによって、空間的、かつ時間の隙間を描写させること。
フレディ・ハバードのラッパを三次元曲線だとしたら、ドルフィーの描き出すメロディラインは四次元曲線だ。
未来から戻ってきた旋律が、グロテスクな残響を残す。

かろうじて“ジャズ的”なフォルムを残してはいるものの、この世界を描けるのはドルフィーだけだ。
それが証拠に、この『アウト・トゥ・ランチ』のようなタイプの演奏は後にも先にも無い。
過去からも、そして未来からも隔絶した確固とした孤独な世界がここにある。

ジャケットの写真が秀逸だ。
帰宅する時間を指し示す時計には、7本もの針がついている。そして、それらの針は、それぞれメチャクチャな時間を指し示しているのだ。
“二度と帰ることのない外出”だと深読みしてしまうのは、この録音の数ヵ月後にドルフィーは本当にあの世へと旅立ってしまったという事実があるからかもしれない。
もちろん、当時のこのジャケットの製作者は、そんなこと知る由もなかっただろうが……。

『アザー・アスペクツ』とともに、ドルフィー最大の異色作。そして代表作。
(2002/11/01) 


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