ちょっと拉(ひしゃ)げたようなユーモラスな歌声。
軽妙で洒脱なボブ・ドロウの声は、一度聴いたら、絶対に忘れられないほどの独特な個性を持っている。
私がボブ・ドロウという歌手を知ったのは、マイルス・デイヴィスの『ソーサラー』というアルバムだ。
![ソーサラー [Limited Edition] / マイルス・デイビス, ウェイン・ショーター, ハービー・ハンコック, フランク・リハク, ロン・カーター, ポール・チェンバース, トニー・ウィリアムス, ジミー・コブ (演奏) (CD - 2009) ソーサラー [Limited Edition] / マイルス・デイビス, ウェイン・ショーター, ハービー・ハンコック, フランク・リハク, ロン・カーター, ポール・チェンバース, トニー・ウィリアムス, ジミー・コブ (演奏) (CD - 2009)](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51JVXxQix8L._SL75_.jpg)
ソーサラー
ラストに収録されている、ボーナストラック《ナッシング・ライク・ユー》。
なんだか変わった声のヴォーカルだなぁと、強く印象に残った。
『ソーサラー』の録音は1967年。
「ナッシング・ライク・ユー」の録音年は、1962年。
なぜ、5年前に録音された、雰囲気もサウンドも違う曲がラストのオマケに入っているのか?
おそらく、編集の意図は、ショーターとマイルスが初めて共演したレコーディングがこの曲なのですよ、ということなのだろう。
『ソーサラー』というアルバムのサウンドの統一感や、全体の雰囲気から考えると、明らかにこの曲だけ浮いているし、浮いているだけに、その違和感がとても印象に残る。
印象に残るがゆえに、私の場合は「誰だ?この歌手は?」と気になり、ボブ・ドロウというユニークな歌手の存在に興味を持つキッカケとなったから良いのだが、中にはこのボブ・ドロウの1曲をカットしてしまえ、と主張している人もいる。
元『スイング・ジャーナル』の編集長で、自他共に認める日本一のマイルス・フリークの中山康樹氏だ。
氏の名著『マイルスを聴け!』を紐解くと、このボブ・ドロウの曲を「アホバカ曲」とこき下ろし、この曲は姿を消して欲しい、レコード会社も次にCDを出すときにはこの曲をカットするべきだ、と強く主張している。
その根拠は、こうだ。
67年に入ってからのマイルスは、単なるトランペットのプレイヤーとしてではなく、急速に自身のカリスマ性で音楽を作ってゆくタイプのミュージシャンとして成長してゆくのだが、その萌芽が見え始めた重要作がこの『ソーサラー』なのだということ。
それなのに、この重要なアルバムのトータルな雰囲気を、ラストのたった一曲のためにブチ壊しにしているのはケシカランということのようだ。
たしかに、中山氏の主張は一理あるし、取り立てて反論するほどのもの考えも根拠もコダワリも私にはない。
しかし、私自身だけのメリットを考えれば、おそらくマイルスの『ソーサラー』にボブ・ドロウとのセッションのテイクが入っていなければ、ボブ・ドロウという歌手を知らないままでいたかもしれない。
そして、それはあまり良いことではない。
なぜなら、こんなに面白いヴォーカルを知らないままで過ごすのは勿体無さすぎるからだ。
個性的で特徴的な歌い方をするボブ・ドロウという歌手の存在を知ることが出来ただけでも、私は『ソーサラー』というアルバムのオマケ(?)には感謝したいと思っている。
『ソーサラー』というアルバムのムードを楽しみたければ、単にCDの最後の曲は聴かないようにすれば済むことだし。
マイルスのアルバムのことばかりを書いてしまったが、肝心のボブ・ドロウ本人について。
ライナーによると、本名はロバート・ロッド・ドロウといって、アーカンソー州出身。
歌手としてのデビューは、なんと4歳の時。
スターとして劇場、ラジオ、映画などにしばしば出演していたそうだ。
高校時代にクラリネットを習ったが、作曲と編曲のためピアノに転向。
3年ほど陸軍に入り、その後ノース・テキサスのカレッジでピアノと作曲を修行。1953年にプロ入り。当時は歌手だったシュガーレイ・ロビンソン(後にボクサー)の伴奏者になった。
54年から55年にかけて、パリのマルス・クラブに出演し、55年に帰米、ニューヨークで自身のトリオを結成。
56年にベツレヘム・レーベルに迎えられて録音、シカゴ、ロサンジェルス、サンフランシスコで演奏。
62年にはマイルスに求められて、彼のレコーディングに曲を提供3曲。
そのうちの《ブルー・クリスマス》、《ナッシング・ライク・ユー》の2曲に歌手として参加。
この《ナッシング・ライク・ユー》が『ソーサラー』に収録されている件のオマケ曲だ。
彼のなんともいえない、独特の歌声を文字で表現するのは不可能なので、興味のある方は是非聴いてみてくださいと言うしかないのだが、声だけではなく、ピアノもテクニシャンというわけではないが、ツボを押さえたプレイをするし、リズム感も抜群、とてもよくスイングしていると思う。
そして、このアルバム『デヴィル・メイ・ケア』。
有名曲が目白押しだ。
スタンダードから、エリントンの曲、そして、映画の曲にオリジナルと、まるで、おもちゃ箱をひっくり返したような選曲と演奏だ。
個人的に気に入っている曲を挙げてみる。
息がくしゃくしゃした感じで、ちょっと愉快な気持ちになる《オールド・デヴィル・ムーン》。
ヴァースから歌いはじめている《イット・クッド・ハップン・トゥ・ユー》。
チャーリー・パーカーのアドリブまでにも歌詞をつけた《ヤードバード組曲》。
アップ・テンポで演奏されるオリジナル《デヴィル・メイ・ケア》。
今回、曲目をタイプしていて、ちょっと驚いた。
え、12曲もあったっけ、このアルバム?
そう、それだけ演奏時間が短く、簡潔にまとまった演奏ばかりなので、通しで聴いても、すぐに聴き終えてしまう感じがしていたのだ。だから、収録曲がこんなにたくさんあるとは思わなかった。
短く感じるということは、それだけ充実した内容なのだという証明なのかもしれない。