THE COMPLETE LIVE AT THE PLUGGED NICKEL 1965 (Columbia/Legacy) |
| - Miles Davis |
Disk 1
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| 1965/12/22(First Set) |
Disk 2a-b
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| 1965/12/22(Second Set) |
Disk 3
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| 1965/12/22(Third Set) |
Disk 4
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| 1965/12/23(First Set) |
Disk 5
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| 1965/12/23(Second Set) |
Disk 6
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| 1965/12/23(Third Set) |
Disk 7
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| 1965/12/23(Fourth Set) |
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Miles Davis (tp) Wayne Shorter (ts) Herbie Hancock (p) Ron Carter (b) Tony Williams (ds) |
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当時のもっとも進んだジャズマンたちによる、知力と体力の爆発! 演奏のパワーのみならず、前人未到の境地へ踏み出そうという気迫、これ以上やると演奏が破綻してしまうかもしれないというリスクを背負って挑む勇気。 互いの音に敏感に反応しあい、なおかつ過激な自己主張も忘れない知力。 卓越した演奏能力を有する者たちが、既存のジャズとは違う、新しいサウンド生み出すのだ!という気概。 時に、破綻スレスレの危険水域にまで突入することも厭わない向こう見ずな冒険心。 結果的に、とんでもなくスリリングなサウンドが生まれた。 手に汗にぎる、迫真、迫力のライブ。1965年の暮れ、シカゴのライブハウス、プラグド・ニッケルでの出来事だ。 マイルス・デイヴィス有する第二期の黄金のクインテット。 そう、 ショーター、 ハンコック、 ロンにトニーの面々だ。 彼らは、マイルス・デイヴィスお抱えの最高のサイドマンのみならず、当時のブルーノートが意欲的にレコーディングしていた新主流派の看板プレイヤーでもあった。 つまり、日々進化し、深化してゆくジャズの最前線にいた人たちでもあり、そこで培ってきた熱きクリエイティヴ心と実験精神を、数ヶ月の療養から戻ってきた親分・マイルスにぶつける構図となっている。 実際、ウェイン・ショーターの評伝『フットプリンツ』(ミッシェル・マーサー・著/新井崇嗣・訳)を紐解くと、彼らリズムセクションがトライしたのは「反音楽(アンチ・ミュージック)」。言いだしっぺはトニーのようだが、とにかくライブの場で、思いっきり実験をしてしまおう!という考えで、彼らは演奏に臨んだのだ。 演奏のブランクをものともせずに、立派にリーダーの貫禄を見せつけるマイルスのトランペットは、火を吹くほど熱い。 負けず劣らす、猛烈な勢いで、ときには親分に喰ってかかるサイドマンたちの演奏も凄まじい。 とくに、自在に空間の構築・解体を繰り返すトニーの暴れっぷりは凄まじい。もちろん、ただ暴れているだけではなく、その後の演奏の展開を見越した冷徹な視線をも持ち合わせているところが、最年少ながらも演奏のイニシアチブを握る“音の空間デザイナー”の面目躍如。 フレーズというよりは、ほんの1音か2音の音を発するだけで、どこを切り取っても彼にしか出せない存在感を醸し出すショーターのテナーサックスもすごい。 とくに、《オール・ブルース》においては、自在に伸縮膨張を繰り返すトニーのドラミングに、重く捩れるような必要最低限の音数で、異様な空気を作り出すショーターのプレイは聴きどころの一つだろう。 1枚ものの『プラグド・ニッケル』も出ているが、このライブの模様は、コンプリートなボックスで聴いたほうが良い。 各セットごとにCD化されており、気分次第で「今日は何セット目を聴こうかな」と迷うのも嬉しい幸せ。 もちろん、一気に聴きとおしても構わないんだけれども、おそらく凄まじい疲れが襲ってくるだろうから、気の向いたときに、気の向いたセッションに手を伸ばせばよいと思う。 私は最初、日本編集のものを購入した。しかし後になって日本盤に収録されている演奏は手が加えられて編集されていたということが判明。急いで買いなおした。 曲目は同じでも、日本盤より演奏時間の長いトラックが10曲も入っているのだから。時系列に即した“ドキュメント”として我々は接するわけだから、ヘンな手心を加えて欲しくないもんであります。 よって、購入はアメリカ盤をおススメしたい。 ただし、音のバランスの良さは日本盤のほうが上、かな? 特に、ピアノとベースのバランスが違う。 この時期のロン・カーターは、アイディア豊富なベースラインを弾いていて、なおかつアイディアが空回りすることなく、クインテットの演奏を支え、触発していた。それだけに、このようなスリリングな演奏の中でのロンのアプローチをもっと聴き取りやすいバランスであって欲しかった。 しかし、客席で聴こえたであろうバランスは、きっと、こんなものなのだろう。ドラムとホーンの音が大きく、ベースとピアノの音量が少し引っ込み気味。 よって、音のバランス悪さゆえの臨場感は、アメリカ盤のほうが上だと思う。 もっとも、タモリや村上ポンタの「マイルスと私」みたいな思い出話を読みたい方は、日本盤をお求めになったほうが良いかも。 百科事典や文学全集と同じで、CDのボックスセットは買ってしまうと、買ったという事実に安心してしまい、なかなか聴かなくなるものだと言われている。私の場合も例に漏れずだ。 しかし、『プラグド・ニッケル』だけは例外。 しょっちゅう箱からプラケースを取り出してはガンガン聴いている。そうさせるだけの音楽の力が『プラグド・ニッケル』の演奏にはある。 |
| (2006/08/21) |
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