STARDUST (Prestige) |
| - John Coltrane |
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John Coltrane (ts) Wilber Harden (flh) #1 Ferddie Hubbard (tp) #4 Red Garland (p) Paul Chambers (b) Jimmy Cobb (ds) #2 Art Taylor (ds) #4 1958/07/11 #1,3 1958/12/26 #2,4 |
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私は、普段、コルトレーンといえば、アトランティックやインパルスのもの(いわゆる中・後期ですね)を聴くことがほとんどで、あまりプレスティッジ時代のコルトレーンは聴かないのだが、最近は、『スタンダード・コルトレーン』とか、『スターダスト』なども聴くようになってきた。 「コルトレーンは過激でこそ、コルトレーンだ!」いう思いは今も変わらないのだ、最近は、少し音楽の趣味も丸くなってきたこともあり、中庸なコルトレーンもいいかな、と。 これに開眼させてくれたのが、ケニー・バレル(g)との共演盤『ケニー・バレル・アンド・ジョン・コルトレーン』と、ミルト・ジャクソン(vib)との共演盤『バグズ・アンド・トレーン』だった。 両盤ともにコルトレーン1人がリーダーではなく、双頭リーダー作だということが興味深い。 この2枚の中のコルトレーンは、礼儀正しい。 一歩引くことをわきまえている。俺が、俺がと自我を全開させずにアンサンブルのことをキチンと考えた演奏をしている。 だから、バレルのギターとも、ミルトのヴァイブともとっても溶け合っていて、素晴らしいのだ。 これぐらいのスタンス、温度感、テンションでいい意味でリラックスして聴けるのがプレスティッジに残された『スターダスト』だ。 必要以上に意気込んでないところがいい。 だからといってダレていないところがいい。 《スターダスト》は超がつくほどの名曲ゆえ、誰が演奏してもよほどヒドい演奏ではない限り、そこそこ聴けてしまう曲でもある。 よって、コルトレーンの彷徨うようなテナーのアドリブも、彼のキャリアの中においては傑出したプレイというわけでもなく、むしろ凡演な演奏といっても良いぐらいだが、そこそこ聴けてしまう不思議さがある。 これは演奏後半のレッド・ガーランドのピアノにしろ、ポール・チェンバースのベースにしても同じことがいえる。 むしろ、この《スターダスト》の演奏で良いプレイをしているのは、ウィルバー・ハーデンのフリューゲルホーンだと思う。 しかし、この演奏は、コルトレーンにしろガーランドにしろ、頑張り過ぎずに「そこそこ」な演奏が、かえって愛着と親しみを覚えるという面白さがある。 特に問題作を数多く発表しているコルトレーンなだけに、彼のアルバムを聴くときは、他のジャズマンを聴くときの日常的気分とは一線を画する場合が多い。 しかし、プレスティッジ時代のアルバムの多くは、そのような気構えが不要な録音も多い。 普通にいける、構えることなしに聴ける肩の凝らないコルトレーン。 ユルめのコルトレーンの演奏も悪くない。 「ユルさもまた味わい」。 そう感じさせてしまう魅力も、たしかにコルトレーンにはあることが分かってきた。 |
| (2009/02/24) |
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