JURASSIC CLASSICS (Diw) |
| - James Carter |
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James Carter (ts,as,ss) Claig Taborn (p) Jaribu Shahid (b) Tani Tabbal (ds) 1994/04/16-17 |
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これを「メグ」で初めて聴いた時は腰を抜かした。 このアルバムが発売された直後のこと、たまたま吉祥寺へ行く機会があり、フラリとジャズ喫茶「メグ」に寄った。そのときに、店でかかったのが、ジェームズ・カーターの『ジュラシック・クラシックス』だった。 物凄く凶暴で、フリーキーで、荒々しい《A列車で行こう》が「メグ」のスピーカーから大音量で流れてきたときは、その迫力に驚いた。スピーカーが火を吹くという形容は、まさにこのことだと思った。 まさに自由奔放とはこのこと。 フリークトーンやスラップタンギングなどを交えながら、「ぶぎゃー!」と豪快に咆哮しまくるジェームズ・カーター。 凄い迫力。豪腕。やんちゃ。恐れ知らず。向こう見ず。そして、アイディアを即、音として出せるズバ抜けたテクニック。 本当にぶったまげた。 そして、一発で虜になった。 しかし、不思議なことに、あれだけ吹きまくりの《A列車で行こう》を聴いても、ウルサイという感じは全くせず、むしろとても爽快な気分になれた。 これでもか、と吹きたい放題に吹きまくる彼のブロウは、たとえば同じ長尺ソロでも、コルトレーンの「内へ内へ」と向かってゆく、ある種の息苦しさとは対極の、開けっぴろげに「外へ外へ」と向かってゆく開放感を感じたからなのかもしれない。 迷いの無い彼のサックスは、突き抜けた感じがし、清々しい感じさえした。 再び数日後に、吉祥寺へ行く機会があったので、その時に一緒だった女の子を試しに「メグ」に連れていった。 彼女は、生まれてこのかた、ジャズの「ジャ」の字も知らないといっても過言ではないほど、ジャズとは無縁の子だったのだが、私がリクエストした『ジュラシック・クラシックス』の《A列車で行こう》を聴いたら、もうノリまくり。 ジャズって、全然分からないし、難しいと思っていたけど、この曲は全然難しくないし、楽しいし、カッコイイと感激していた。 ジェームズ・カーターの突き抜けるように爽快なサックスは、初心者やマニアなどの垣根を越えて、聴衆を楽しい興奮状態にさせる力を持っているのだと思った。 ピアノのクレイグ・ティーボーンも、破茶滅茶っぷりも爽快だ。 あるときはセシル・テイラー風だったり、またあるときはマッコイ・タイナー風だったりと、先人のスタイルを自在に行き来し、荒削りながらも威勢よくはっちゃけているところに好感が持てる。 ブッ飛んだカーターのテナーには、これぐらい元気なピアノじゃないと面白くない。 あのサックス相手に、大人しいピアノでは、演奏が白けてしまう。 テーマのメロディは無くとも、すぐに原曲が思い浮かぶ《アウト・オブ・ノーホェア》は、元気一杯で明るく爽やかな演奏。 《エピストロフィ》、《アスク・ミー・ナウ》と、モンクの曲を2曲も取り上げているのも嬉しい。 そういえば、このアルバムは選曲が良いことに気が付く。 つまり、《アウト・オブ・ノーホェア》を除けば、ジャズマンが作曲したナンバーで占められているし、そのどれもが、名曲ばかりなのだ。 《A列車》のビリー・ストレイホーンをはじめ、コルトレーンに、クリフォード・ブラウン、そしてロリンズの《オレオ》も取り上げられているので、彼らのファンにとっては、たまらない人選、選曲といえる。 ラストの素っ頓狂な音の跳躍を見せる《オレオ》が、お下劣一歩手前のユーモアがあって楽しい。 そういえば、ジャズ研時代に、サックス吹きが、この演奏のように、曲の譜割りはそのままで、音程を極端に上下させた《オレオ》を吹いて遊んいたのを思い出す。 こういう遊び心を保ちつつ、なおかつ、凄まじいほどのテクニックと、聴き手を爽快な気分にさせる、元気一杯なこのアルバムの頃のジェームス・カーターが私は大好きだ。 最近は、妙に落ち着いた感じがしないでもないが。 |
| (2002/07/23) |
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