JAZZ BACH (Timeless) |
| - Eugen Cicero |
|
|
Eugen Cicero (p) Henk Haverhoek (b) Garcia Morales (ds) Wilhelm Krumbach (org,cembalo) 1985/03/05-07 |
|
|
|
偉大なるはバッハかな。 キケロじゃないよ(笑)。 ジャズっぽさが加味された奏法で弾かれても、原曲の原曲たるテイストを失うことがない。 たとえ装いが変わろうとも、バッハはバッハ。曲としてのの構造の強靭さを再認識する。 ルーマニア出身のピアニスト、オイゲン・キケロの『ジャズ・バッハ』は、バッハ生誕300年の1985年に発表され、一時期はかなり話題になった盤だ。 特に熱心なジャズリスナーでなくとも、音楽好きならレコード棚のコレクションのに加わっている1枚かもしれない。 ジャック・ルーシェの『プレイズ・バッハ』(60年)を皮切りに次第にポピュラーになっていたクラシックのジャズ化。 その5年後にMPSから『ロココ・ジャズ』でデビューしたキケロは、当時よりクラシックを題材にするジャズピアニストとして注目された。 キケロのそのスタイルが定着し、そのキャリアも円熟期にさしかかった時点に満を持して発売されたのがこのアルバムだ。 クラシックとジャズの要素も同時に満たせるという、「1粒で2度オイシイかもしれない」というリスナーの都合の良い欲求を刺激したこともあったのだろう、このアルバムは売れたようだ。 「ジャズ耳」でこの盤にのぞむと、あまりの白さと、躍動感の無さに、シラけるかもしれないが、そもそも、そのように構えて臨むアルバムではない。 ウインダム・ヒル・レーベルの音楽を聴くような気持ちで聴くとよい。いや、べつにウインダム・ヒルをバカにしているわけじゃないよ(笑)。だって私、ウィリアム・アッカーマン(g)やジョージ・ウインストン(p)好きだもん(笑)。 つまり、構えることなく気軽にピュアで透明(っぽい)インストゥルメンタルを楽しめる、といったぐらいの意味だ。 ハードなジャズを聴いたときの心地よい疲労感は感じないかわりに、「聴いて損した」と思わせないだけのクオリティは一応ある。 体調によっては、アッサリとした感動すら覚えることもあるのだから、音の内容や肌触りは違えど、やはりこの感触は、一時期大流行したウインダム・ヒル的な、適度かつ節度ある感動を、一定の水準で維持しようとする製作者の意思と努力の賜物なのかもしれない。 ちなみに制作は日本のレーベル。 このアルバムの面白いところは、キケロは自分のポジションを楽しんでいることが聴けば聴くほど分かること。 ピアノで伴奏をしながら、バッハとジャズの橋渡し役を楽しんでいる。 これは、ベンチャーズ好きのギター弾きが、ベンチャーズのバンド演奏にハマればハマるほど、リードギターよりもサイドギターのポジションに収まりたがることと同じなのかもしれない。 つまり、自分自身のバッキングで演奏のテイスト、ノリを出してゆきたいという欲望。 ベーシストにも通ずる「演奏を影で支えているのはオレだぜ」という自負は、サイドギターのポジションを愛好するギタリストならではの「職人根性」だ。 このアルバムにおいてのキケロの役割もそれに近いものがある。 ベンチャーズバンドにおける“サイドギター”のポジションを楽しんでいる節があるということ。 たとえば、《主よ人の望みの喜びよ》、《インベンション4番》、《バッハ・ゴーズ・ラテン》などにおいては、キケロはバッハの曲の主旋律を弾くことをウィルヘルム・クルンバッハに任せている。 ウィルヘルム・クルンバッハがリードギターよろしく、オルガン、もしくはチェンバロを曲によって弾き分け、彼の背後でピアノによってバッキングをつけているのがキケロという役割分担の曲が多いのがこのアルバムの特徴だ。 ウィルヘルム・クルンバッハのが奏でるバッハのノリは、まったくもって正調で、ジャズ的なノリ、フィーリングはまったく感じられるものではない。 この平坦ノリに、いかにジャズ的な躍動感をもたらせるかにキケロはチャレンジしているかのようにも受け取れる。 もっとも、露骨に煽るようなバッキングなどは用いず、クラシック畑出身のキケロらしく、あくまで優雅にハネを極力おさえたコンピング。 しかし、アドリブに突入すると、かなりピアノソロを張り切る局面もあり、たとえば1曲目の《主よ人の望みの喜びよ》なんかは、「弾くぜ!」という勢いが伝わってくる。 ただ、勢いが空回りというか、勢い込み過ぎて、テンポは走るし、フレージングも突っ込み気味だし、アドリブの内容もクラシックテイストのフレーズを駆け足でフワフワと行ったり来たりと、あまり深い内容があるものではない。 コロコロと転がるような下降フレーズは出るたびに「またかよ」と感じてしまうことは否めない。 クラシック好きの人は、このアルバムをどのように評価しているんだろう? アドリブパートにおけるキケロのピアノを聴いて「これがジャズのアドリブってやつですか?」と問われても、「いや、それはちょっと違うかもしれない」と答えざるを得ない。 結局、ジャズのテイストも希薄な上に、聴き易さを得た反面、クラシック的格調を失いイージーリスニング化した、言い方悪いが、バッハの水割り作品集と言われても仕方ないのかもしれない。 水割り好きな人ならいいけど、私は水割りが嫌いなロックかストレート派なので、やっぱり飲むなら原酒がいい。 あるいは、バーテンが腕によりをかけて、原酒のテイストをまったく違う切り口で楽しませてくれるほうが。 たとえば、バド・パウエルの真っ黒な《バド・オン・バッハ》。 素材は正しくバッハだが、曲を料理するパウエルというピアニストの強い個性を味わえるので、耳に美味しい。 べつにパウエルのように演奏せよとは言わないにせよ、もう少し演奏に躍動感とダイナミクスがもう少し加われば、私の「ジャズ耳」は満足していたかもしれない。 なんとなく、どっちつかずで歯切れが悪いんだよね。それが私がこのアルバムを聴いたときに感じる、ある種のもどかしさ。 壮大なスケールな筈のバッハの音世界を、まとまりは良いが箱庭的なコジンマリとした箱庭的空間に再構築してしまったキライのある作品が、この『ジャズ・バッハ』ともいえる。 とっつきやすい、聴きやすい、心地よい、ソツなく破たんがない。 その反面、残念ながら大きな感動やカタルシスも得られないというのも正直なところではある。 |
| (2007/10/12) |
|
|
|
|
All Rights Reserved. |