JOHN COLTRANE AND JOHNNY HARTMAN (Impulse) |
| - John Coltrane |
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John Coltrane (ts) Johnny Hartman (vo) McCoy Tyner (p) Jimmy Garrison (b) Elvin Jones (ds) 1963/03/07 |
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映画『スウィング・ガールズ』で上野樹里演ずる主人公、鈴木友子が発する有名なセリフ。 「ジャズってオッサンのやるもんだべ。 こうブランデーグラスかなんか回してよー。」 あなたが、オッサンなのかどうかはこの際抜きにしても、たしかに、ジョニー・ハートマンのヴォーカルは、ブランデーグラスをまわしながら耳を傾けたい極上の味わいがある。 いいじゃないデスか、オッサンでも。 そう思わせる雰囲気はたしかにこのアルバムにはある。 こういうダンディな音楽には、やっぱり大人じゃないと分からない味わいってものがあるのですよ。 ジョニー・ハートマンの大人の香りをムンムンと発するヴォーカル。 それに色を添えるジョン・コルトレーンの音数少ないムーディなテナー・サックス。 間違っても高校生が飲むノン・アルコールドリンクは似合わないってモンです。 いちおう、コルトレーンの代表作の1枚として紹介されることの多いアルバムだが、私はコルトレーンのアルバムとして聴いたことはただの一度もない。 これは、まぎれもなくダンディな男性ヴォーカル、ジョニー・ハートマンのアルバムなのだ。 ちなみに、ジョニー・ハートマンは、ディジー・ガレスピーのバンドにおけるコルトレーンの先輩。コルトレーンはあくまで先輩を立て、自分が目立つような振る舞いを慎重に避けていたのかもしれない。 なので、ハートマンの歌声をよりいっそう引き立てるコルトレーンのテナーを聴いても、「あ、サックスがいい感じで鳴ってるなぁ。そういえばコルトレーンだったんだよな〜」ぐらいの認識。 このバランスが、すなわち世評でよく語られる「ハートマンとコルトレーンとの抜群の相性」というやつなのだろう。 このアルバムに関するレビューには「ではなぜ、この2人の相性がいいのか?」についてまでは言及されていないものが多いが、これは要するに2人が発する表現濃度のさじ加減のバランスの絶妙さだと思う。 たとえば、ハートマンのまろやかで太いヴォーカルに、ベン・ウェブスターやコールマン・ホーキンスのように、ビブラートを多用した「濃いテナー」が色を添えたらどうなるだろう? もちろん、アダルトなムードに拍車がかかるだろうが、イクラ丼にトロロをかけるようなクドさも出てくるかもしれない。 コクと深みの相乗効果は、後に尾を引くマッタリさを引きずることにはなりかねない。 その点、コルトレーンのテナーはアッサリだ。 音域もアルトサックスのように高め。音質もテナーサックスならではの太さよりも、むしろ薄いといっても過言ではない。つまり、太めのハートマンの歌声とは異なるタイプの“ヴォイス”が重なるため、過剰なマッタリには陥らずに済んでいる。 あたかもハンバーガーの中のピクルスのような効果をコルトレーンのプレイは発揮しているのだ。 つまり、食べやすい。食が進む。 たしかにアルバムの全収録時間は30数分と短いが、それ以上に短く感じ、今一度聴きたくなるのは、コルトレーン参加による「ピクルス効果」が功を奏しているといえよう。 コルトレーンはこのアルバムにおいての役どころと力加減は心得ていたのだと思う。 暖かく、ムーディなサウンドと歌声。 そしてそれを控え目に増長させるテナーサックス。 まぎれもなくブランデーの似合うジャズだと思う。 |
| (2006/10/26) |
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