BLUE TRAIN (Blue Note) |
| - John Coltrane |
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John Coltrane(ts) Lee Morgan(tp) Curtis Fuller(tb) Kenny Drew(p) Paul Chambers(b) "Philly" Joe Jones(ds) 1957/09/15 |
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大傑作だと思う。 演奏全体がイキイキしている。骨太で力強い。重厚で迫力のある演奏ばかりだ。 このパワフルな演奏を聴くと元気になれる。 ガッシリとした、ブルーノートならではの迫力あるサウンドも嬉しい。 また、ソロの箇所では、バックにホーンのリフを入れたり、リズムを倍テンポにして演奏を盛り上げたりと、痒いところまで手が届いているアレンジの心配りもニクい。 コルトレーンのフィラデルフィア時代の仲間、リー・モーガンとフィリー・ジョー・ジョーンズ、それに当時のマイルス・グループでの同僚、ポール・チェンバースといった、気心の知れたサイドメンの頑張りっぷりも快い。 コルトレーンのサックスは、溌剌としている。全体的には重厚な演奏だが、発散されるオーラはあくまで「陽」だ。 曲も良い曲ばかりだ。 3管で迫力あるテーマが奏でられる「ブルー・トレイン」。 これぞ、ジャズだ!と叫びたくなるほどの冒頭の5音は圧巻。 「モーメンツ・ノーティス」もカッコいいメロディの曲だ。 コードが激変する曲でもあり、難曲「ジャイアント・ステップス」に到達する直前といった趣きの曲だが、コード・チェンジの複雑さ(頻繁さ)とは裏腹に、魅惑的な進行でもあり、この複雑なレールの上を疾走するコルトレーン以下、すべてのサイドマンの奮闘っぷりも快い。 パワフルな「ロコモーション」に圧倒され、バラードの「アイム・オールド・ファッションド」で一服。 コルトレーンのバラードにはアタリ・ハズレが大きいと思っている私でも、この演奏には納得。男だ。 そして、最後の「レイジー・バード」。 なんて素敵なテーマなんだろう。テーマをワンホーンで、余力たっぷりの余裕を持った様で奏でるモーガンの粋なこと、粋なこと。 そう、モーガンはいつだって粋なのだ。 当時のモーガンは、弱冠19歳の若さ。 思いきりの良いラッパに、惚れ惚れとしてしまう。 サックスとラッパ。楽器の特性の違いなのだろうか。 サックスがパラパラとたくさんの音をバラまいて吹いたとしても、後続のラッパの「パラッ!」の一音で、これまでのサックスの「頑張り」が無効になって掻き消されてしまうことがある。 トランペットのアタックの強い一音のインパクトには、やはりかなわないのだろうか。 それを象徴するかのような演奏が、1曲目の「ブルー・トレイン」。 当時、シーツ・オブ・サウンドに磨きのかかってきたコルトレーン繰り出す、圧倒的な音数のアドリブ。すごい気迫で時間を埋め尽くしてゆくコルトレーンのテナーには、ただただ圧倒される。 しかし、ソロ・オーダーがコルトレーンからモーガンに代わり、モーガンが最初の一音を奏でると…。 「パラ・パラ・パラ・パラ……」 同じ音を数度、余裕を持って奏でるだけで、今までのコルトレーンの「熱気」が、あっという間にクール・ダウンしてゆく。この、たった数音で、世界が瞬く間にコルトレーン色から、モーガン色に一変する様は、痛快だ。 今までの、汗水飛び散る暑苦しい(?)コルトレーンの世界が、リー・モーガンの登場によって、あっという間にモーガン一色の世界に変貌してゆく様はとても興味深い。 「そんなに熱くなるなよ、先輩。」とでも言いたげな、余裕をかましたモーガンのラッパは、憎たらしくて、トッポくて、こましゃくれていて、そして、悔しいけれどもカッコ良い。 この『ブルー・トレイン』というアルバム、コルトレーンのリーダー作なのだが、私にとっては、粋なリー・モーガンを聴くためのアルバムでもある。 なんて言うと、コルトレーン信者に怒られてしまうか。 |
| (2002/03/07) |
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