どのトランペッターが在籍していた時のジャズ・メッセンジャーズがお気に入りか。
人それぞれ、思い入れが違うと思うし、好きな人同士だったら、それだけで語り明かすことが出来そうだ。
クリフォード・ブラウンやケニー・ドーハムが在籍していた頃のメッセンジャーズも良いが、私の場合はリー・モーガンが在籍した時期のメッセンジャーズが一番好きだ。
3管編成よりも、テナー・サックスとの2管編成がいい。
そして、テナー・サックスは『モーニン』のベニー・ゴルソンよりは、ウェイン・ショーターのほうが良い。
つまり、このアルバム『チュニジアの夜』の頃のメッセンジャーズだ。
これは多分に、映像による影響によるものだと思う
なにしろ、ジャズを聴き始めた頃の私は、耳よりも目でジャズを鑑賞する頻度のほうが高かったのだから。
そう、今はなくなってしまった渋谷の「スイング」だ。
この店は、ジャズの映像を鑑賞させてくれる店で、今ほど、たくさんのジャズのアルバムが買えなかった学生時代の私は、この店で様々なジャズの映像を観ていた。
耳だけでは理解しがたい内容も、映像とセットで鑑賞すれば、難解さも軽減されるし、それによって興味の間口も広がる。
アート・アンサンブル・オブ・シカゴも、セシル・テイラーも、映像で接していなければ、もしかしたら今でも聴いていなかったかもしれない。
また、ジャズマンの演奏姿を見ると、音だけではなかなか分からないことも見えてくることもあるし、音とは違う楽しみ方も出来る。
たとえば、オスカー・ピーターソン。
あんなに凄いピアノを、彼はいとも簡単に、笑顔を絶やすことなく弾いている。家で聴くピーターソンは、正直言って、金太郎飴のような気がして、どれもそんなに面白いとは思えなかったが、映像で観るピーターソンはとても楽しめた。
その逆がビル・エヴァンスで、音だけを聴くと素晴らしいが、映像で見るエヴァンス・トリオは、動きがほとんど無いステージが淡々と続くためか、そんなに面白い
とは思えなかった。
もちろん音楽自体は素晴らしいのだが、ほとんど動きの無い淡々としたトリオの姿を見ていると、正直言って眠くなってしまったことも確かだ。映像が目の前にあると、目を閉じて聴くのは別としても、耳だけを働かせて音そのものの受信感度を上げるということは、なかなか至難のワザなのだ。
ソニー・ロリンズの場合は、サックスを吹いている姿も豪快なのでますます好きになれた。
サックスをゆらゆら揺らしながら豪快なフレーズを吹く姿は、出てくる音との相乗効果で、いつも元気が出てくる。
動くパーカーの映像を見た時は、目を開いてサックスを吹いていることに驚いた。コルトレーンほどの苦しそうな顔とまではいかないまでも、パーカーは、絶対に目を閉じてサックスを吹いていると思っていたが(『バード』という映画のパーカー役の俳優も目をつぶって吹いていた)、実際の彼は、まばたきをする以外は大きな目を見開いて、すごいフレーズを繰り出していた。
サイドマンを睨みつけるマイルスの目がとても恐ろしいと思ったし、ピアノを弾かずに踊っているモンクは想像以上にヘンな人だと思った。
…と、書き出すとキリが無いので、このヘンでやめておくが、音だけではなく視覚的にジャズを鑑賞するメリットも大きい。
もちろん、音の内容が良ければそれで良いことに違いはないのだが、渋谷の「スイング」で、音と映像によってジャズを鑑賞したことによって、随分と色々なことを吸収出来たんじゃないかなと、自分では思っている。
渋谷の「スイング」で最も印象に残った映像の一つ、そして、もっともリクエストをしてかけてもらった回数の多かった映像が、アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズが61年に来日した時の映像だ。
私は、まだ生まれていなかったので、当時の日本の状況は想像力を働かせるしか無いのだが、空前の「ファンキー・ブーム」だったらしい。
評論家の故・油井正一氏が「そば屋の出前までが口笛で《モーニン》を吹いた(ジャズに縁の無さそうな人までもが、口ずさんだほどのブームだったという比喩なのだろう)」と言ったほど、日本にはファンキー・ジャズ、いや、アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズの音楽に席巻されていたのだろう。
私が観た映像は、スタジオ内での演奏だったので、当然のことながら、観客の熱狂具合は分からない。
しかし、それぞれのメンバーの表情と、勢いに溢れた演奏を観ると、自分の体の中に熱い血がたぎるような感触を覚え、なるほど、当時の世の中は、こんなにパワフルな音楽が世の中を席巻していたのかと思ったものだ。
『アート・ブレイキー・アンド・ジャズ・メッセンジャーズ・イン・ジャパン・1961』を初めて観た日のことは、よく覚えている。
なにせ、その日は昭和天皇が崩御した日だったのだから。
寒く、曇った昼下がりの渋谷、この日も、いつものように私は「スイング」へ向かった。
開店する時間は、正午から午後一時の間。いつも一番乗りで店に入り、観たいジャズの映像を見せてもらうのが、当時の私の日課のようなものだった。
いつものように、午後一番に開店に店の近くに到着したが、まだ店は開いていない。まさか、今日は営業しないのかな?と思いながら店の前でしばらく待っていたら、宮沢マスターがいつものようにくわえタバコでやってきた。
「おう、今店を開けるから待ってなよ」
マスターの背中にくっついてゆき、地下の倉庫のように真っ暗で、すえた空気の店の中に入った。
この店の照明は、とても暗い。いつも店内の暗さに目が慣れるまでは、ちょっと時間がかかる。
ようやく店内の明るさに目が慣れたきたころ、マスターがカウンターの奥から取り出してきたLDこそが、メッセンジャーズのライブ・イン・ジャパンだった。
「ブレイキーが日本に来たときのやつだ。こいつは凄いよ!」
と言いながら、LDを再生した。
本当にすごかった。
一曲目から熱い演奏だった。
大きな口を開け、満面の笑顔を浮かべながら豪快なドラムを叩き出すブレイキー。
指先を鍵盤に垂直になるぐらいタテにして、まるで、オルガンやキーボードのような軽い鍵盤を弾くように軽々とピアノを弾くボビー・ティモンズが生み出す粘っこいピアノも凄かった。
今に比べると体格が良く、まるでヘヴィー級ボクサーが無理矢理スーツ姿になったようなウェイン・ショーターは、時おりソロを取っているときに眼球が上に行くのだけど、その表情は、まるでゴリラが白目を剥いているようで怖かった(笑)。
大きなベースに抱えられるように弦をかきむしるジミー・メリットは、予想以上に小柄な体躯だった。あの小さな体のどこから、ビッグトーンが出てくるのだろうと思った。
そして、極めつけは、リー・モーガン。
スマートな体にビシッとアイビー・スーツを粋に着こなした彼の姿がまず、単純に格好良かった。
そして、速射砲のように繰り出すラッパのフレーズにノックアウトされた。
特に「チュニジアの夜」においての渾身のソロは、まるで彼の魂を一音一音トランペットの音に込めて中空に放っているような凄まじい迫力だった。
目を強く閉じて、一ミリでも前に音が前方に放たれるように、前へ前へと乗り出すような姿勢で迫力のあるフレーズを繰り出すモーガン。
パラララララと、同じノートを何度も執拗に繰り返すフレーズは、長い指をトランペットのバルブに思いっきり叩きつけるような奏法をしていることも印象的だった。
また、ラストの長いカデンツァ部では、「音のお尻の部分」をクイッ!と捻る、粋でとっぽいフレーズを繰り出してしていたが、この様子を目で確認することが出来たのも嬉しかった。
この奏法、“ハーフバルブ”という名前の演奏方法だということを知ったのは、ずっと後のことだ。
もちろん、この《チュニジアの夜》は、嵐のような迫力のアート・ブレイキーのドラム・ソロも凄いと感じたし、ベース以外のメンバーはマラカスやカウベルにクラーベなどのパーカッションを鳴らすアレンジも面白いと思った。
しかし、アート・ブレイキーの嵐のようなドラムの中、果敢に突撃ラッパを吹いて突進してゆくモーガンの姿とサウンドが、やはり一番印象的だった。
ジャズってなんて格好いい音楽なんだろう、なんてヤバイ音楽なんだろう、なんてスリリングな音楽なんだろう、なんて熱い音楽なんだろう、と思った最初の映像だった。
その時の興奮を今も熱く思い起こさせてくれるのが、ブルーノートから出ている『チュニジアの夜』だ。
「スイング」で観た熱い映像と同じアレンジの《チュニジアの夜》が聴けるので、これを聴くたびにモーガンの勇姿を思い浮かべている。
しかし、不思議なことに、ラストの無伴奏のカデンツァ。音だけを聴いていると随分と長く感じてしまう。映像だとまったく長いとは思わなかった箇所、音だけだと、早く終われよと勝手なことを思ってしまうのは、私だけだろうか?
これも映像で観るジャズと、聴くだけのジャズで感じる差なのかもしれない。