TENORS ANYONE? (Novus) |
| - Harry Allen |
|
|
Harry Allen (ts) John Pizzarelli (g) Ray Kennedy (p) Martin Pizzarelli (b) 1996/11/29,30 |
|
|
|
《マイ・フェイヴァリット・シングズ》。 和音の反復効果か、あるいは、メロディラインのせいなのか、この曲には不思議な催眠効果がある。 ある人物の独白。 「昔、日雇い仕事をやってたんですよ。毎朝、池袋に行くんですが、いつもこの曲を聴いてましてね。今でも、この曲を聴くたびに当時の“ああ、今日も肉体労働かぁ”とウンザリした気持ちが甦ってくるんですわ。」 うん、分かる分かる。 でも、働きに行く前に聴いちゃダメだってば(笑)。 聴き手の気分によって、明るくもあり暗くも感じるエンドレスな和音の反復は、単調な毎日の反復を暗示させてしまうではないか。 私も一時期、日雇い仕事をしていたことがあるが、早朝、仕事に向かいながらこの曲を聴いていたら、絶対に気分がメゲていたことだろう。 それが楽しい毎日の反復だったらいいよ。 けれども、「ああ今日も仕事か」と思いながら、例の和音の反復を聞いた日にゃ、「このイヤな日常は延々と続くのかなぁ」と妙なマイナス思考になっちまうって。 そういえば、この曲の“反復”は、村上春樹が効果的に使っていたな。 『海辺のカフカ(下)』で、主人公の少年が四国の深い森の中を歩いているときにウォークマンで聴いていたのがコルトレーンの《マイ・フェイヴァリット・シングズ》だった。 マッコイ・タイナーのピアノによる執拗だが心地よい和音の反復が、歩いても歩いても途切れることのない密集した樹木たちを暗示させ、鬱蒼とした森の印象を強烈に読者に思い描かせているのだなと勘ぐるのは私の深読みか? とにもかくにも、絶対に楽しくはないが、決して悲し過ぎず、ツラ過ぎない適度な温度を保った物憂げな旋律と、「終止」を絶対に暗示しない反復和音の連続は、聴き手に不思議な催眠効果をかけてくる。 天気は間違っても快晴ではない。 うす曇りの空だ。 雨が降るでもなし、気温も暑過ぎず、寒過ぎず。 ま、この状態も良くはないけど悪くもないかという軽い諦観と、沸き起こる妙な温くて緩いい満足感。 と同時に倦怠感。 ハリー・アレンの演奏も例に漏れず、だ。 リーダー作『テナーズ・エニワン?』は、テナーサックスに、ギター、ピアノ、ベースという編成は、前作の『ディア・オールド・ストックホルム』と同じフォーマットだが、ドラムがいないことも手伝い、ジョン・ピザレリのギターの反復が耳につく。 ソフトで耳あたりの良いサウンドながら、やはりこのギターの反復も終わりを予感させない。 暖かく、マイルドに歌い上げるハリー・アレンのテナーサックスも、心地よい旋律を紡ぎだすが、あくまで曇りなニュアンスを的確に突いてくる。 うーん、マイルドで物憂げ。悪くない。 しかし、仕事前には聴くべからず。 仕事がはねたら、ソファで酒を転がしながら聴くべし。 もちろん、『テナーズ・エニワン?』の曲は、《マイ・フェイヴァリット・シングズ》以外も、夜の寛ぎタイムにピッタリの演奏ばかりだ。 ハリーの敬愛するテナー奏者、レスター・ヤングやスタン・ゲッツらの曲を取り上げたこのアルバム。ジョン・ピザレリのムードあるギターに、マイルドでコクのあるハリー・アレンのテナーの音色が暖かく溶け合う。 ムード溢れる、大人の1枚だ。 |
| (2005/11/29) |
|
|
|
|
All Rights Reserved. |