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先日、倉本聰脚本の『拝啓、父上様』が最終回だったわけで、うちの家族全員が最終回を楽しみに待っていたわけで…(二宮語り風/あるいは純くん風)
もちろん、観たわけで(スイマセン、もうやめます)。
なかなか余韻のある最終回でした。
ラスト近くの筆談もよかったし、主人公の今後の方向も決定しないまま、「神楽坂の今」を、まるで街を通り過ぎる風のように「冬から春に向かう神楽坂の、今、この瞬間」を描写しつつ終ったところが良かった。
さすが、ベテラン脚本家。
情報の「抜き」が巧いです。
良い映画も、良いジャズもそうですが、鑑賞中に、受け手の好奇心のすべてを満たしてしまわないほうが、後々の余韻を楽しめます。
全部説明しすぎないほうが良い。
受け手の想像力に余白を設けてあげたほうがよい。
観てから数日経っても、ふとした拍子に、ストーリーや場面を頭の中で反芻できる内容ほうが、私は好きだし、良い作品だと思っています。
その点、『拝啓、父上様』の最終回は、とても納得のいく、爽やかなエンディングになっていたと思いました。
新生「坂下」は?
今後の一平の身の振り方は?
ときおとエリの仲は?
ナオミはホントにパリ行っちゃうの?
女将さんの今後は?
などなど、このドラマを見続けた視聴者にはいくつもの「?」が浮かぶと思います。
しかし、具体的な結論や一切隠したまま、ドラマは終了します。
でも、いくつもの「?」を解決せずとも、爽やかな余韻を残したエンディングに仕上がったのは、ひとえにストーリーテリングの旨さ、これに尽きるでしょう。そして、一人ひとりの生き方の「結論」めいたものは、このドラマの中では、とても重要なテーマじゃないということも、納得させられます。
ああ、また神楽坂行きたくなってきた。
(記:2007/03/23)
(加筆修正:2008/12/03)
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