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息子さん、坂本龍一に似てますねぇ、私、ファンなんですよ


先日、保護者面談があったようです。私は仕事でいけなかったので、女房が仕事の合間を縫って息子の通う学校へ行き、担任の先生と色々話をしてきました。

息子の担任の先生は、50歳近くのベテラン女性教師。10年間は子育てのためリタイアしていたそうですが、最近教職に復帰。私は入学式のときにしかその先生を目撃していないので、どういう先生なのかはまったく知りませんでしたが、どうやら息子とはうまくいっている様子。

また、女房ともウマが合うみたいで、制限時間が「1人15分」の保護者面談の時間が大幅にオーバーして、長い時間話し込んでいたようです。

まず、真っ先に女房が担任の先生から言われたことは、「息子さんは、ものすごくユニークな個性の持ち主なので、是非、ご家庭でも、それを壊さないようにお願いします」

子供の個性を摘み取るのは学校の画一的な教育に大きな要因があると(個人的体験から)思っていた私ですが、その逆のことを開口一番に先生から親にお願いするということは、「お、この先生、なかなかイイ先生じゃないか」と思いました。

息子を見ていると、小さい頃の自分とダブるところがあります。
いつも突飛なことを考えてばかりいて、それを実行に移したくてウズウズしているところが。

しかし私が小学生の頃は、私の思いつきは、クラスメートや先生から「それは違うよ、本当はこうだよ」と突っ込まれることが常でした。

たとえば、ロボコンの絵を描くとするじゃないですか。

ロボコンというのは、おっちょこちょいなロボットなので、いつもロボットのランクを示す「ハートマーク」が一つしかありません。

しかし私は、ロボコンのボディに、30個ぐらいハートマークがあるとどんなデザインになるのか気になるので、ハートマークだらけのロボコンを自由帳に書くわけです。
そうすると、「こんなのロボコンじゃないよ」とウルサイ突込みが入るわけです。

えーい、そんなこと百も承知じゃい。

オレはただ、ロボコンの違うバージョンを描いてみたかっただけなんじゃーい、テレビで見たとおりのロボコンしか書いちゃいけないなんてルール誰が決めたんじゃーい、と暴れるわけです(笑)。

ま、ロボコンの場合はたまたま今思い出したから例とした書いてみただけですが、一時が万事、作文にしても、図工にしても、創意工夫が発揮できる科目では、私は他のクラスメートとは違ました。今思い返すと。

それが繰り返されると、「あの子、ちょっとオカシイ」「カワッタ子」という目線になるわけです。
しかし、これって、教師の目線がそうさせると私は思っています。

子供は、まだものごとの判断基準や価値観の定まっていません。
常に教師の目や評価をフィルターにして、物事の良い悪いの評価を下します。

たとえば、私が遠足の作文で、単なる出来事報告はつまらないから散文詩的なことを書いたとします。
これを読んだ先生が、「なに、この生徒は!?」って顔をすると、子供も「なに、こいつは?!」って目線で私のことを見ます。

反対に、「君はユニークねぇ。みんなとは違う表現形式で遠足の作文を書いたんだね」と皆の前で褒めてくれれば、生徒たちは「そうか、独創的なことはイイことなんだ」と思います。そのうえ、私の株も上がります(笑)。

私は小学校を3回変わっています。

つまり、6年間に4つの小学校に通っているのですが、地域によって、あるいは小学校によって、私の評価はまったく違ってました。

天か地の両極端だった。

兵庫県の西宮の小学校にいたころは、比較的、私の企画立案が積極的に採用してもらって、すごく自由にノビノビとさせてもらいました。

担任の先生からは、「あなたを見てると、ホント、元気に生きてるなぁ、と元気をもらってます」と、通信簿に書かれたりと、すごく評価されていた。だから、クラスの中でもリーダー的な存在になれたわけです。

ところが、その前の愛知県の江南市の小学校や、東京の下町の小学校の場合は、なんだか周囲の目を気にしてばかりの生徒が多く、とにかくやることなすこと、すべてが「なに、こいつ?」な目線にさらされていました。

でも、それは生徒が悪いわけではありません。
型どおりの評価しか下さなかった先生の影響です。

先生の私に対しての目線が、そのような環境を醸成していたのだと私は信じて疑いません。
教師の評価って重要なのです。
とくに、私のように、“何考えてるか分からない子供”は、先生の評価一つで、最高にも最低にもなります。紙一重です。

愛知県の小学校や、東京下町の小学校の担任は残念ながら、私のことを理解してくれませんでした。言われたとおりに実行しない、言うことをきかない子という目線で見られていました。この子は言うことが生意気だみたいなことを通信簿に書かれたことすらあります。
同じ人間なのに、先生によって、これほどまでに評価が変わるんだから面白いものです。

私の6年間の小学校放浪(?)経験から学んだことは、先生から目をかけられれば、すごく伸びる可能性があるが、先生から鼻ツマミもの扱いされると、学校がつまらなくなる、ということ。

だから、うちの息子も私と似たようなところがあるから、担任は息子のことをどう評価しているのか、ちょっと気になってはいたのです。

ところが、「個性を潰さないで欲しい」と、一番最初に親にお願いするぐらいだから、きっと息子のことを理解してくれているのでしょう。
それだけで、安心しました。

息子は毎日学校に行くのが楽しくて楽しくてしかたがないと言っています。
この楽しさって、まずは先生からしっかりと認められているという安心感が源泉にあることは確実です。

良い先生が担任になったと思いました。

ところで、ほかには担任と女房、どんな話で盛り上がったのかというと、

「息子さん、なんだか坂本龍一に似てますね、私ファンなんですよ」
「あら、うちの主人も教授のことが好きなんですよ」
「そーなんですか、素敵なご主人ですねぇ、おほほほ」
「でも、うちの息子、教授に似てますか?」
「ええ、大きくなったら、きっとああいう顔になりますよ、将来が楽しみですねぇ、私、彼のファンなんですよ」

なんだかミーハーな部分も持ち合わせた担任のようです。

でも、息子って、坂本龍一に似てるかぁ。
私の目からは「銀河鉄道999」の星野鉄郎にしか見えません。あ、TV版のほうの鉄郎ね(笑)。

(記:2006/07/24) 
(加筆修整:2007/08/31)