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中学のときにゲルニカで上野耕路を知って以来、彼のトリッキーかつ考えすぎなぐらいに考え抜かれたアレンジの魅力にハマっている。
彼の重厚かつどこまでも内へ内へと閉じてゆくハーモニー感覚は、教授(坂本龍一)のそれよりも好きかもしれない。
教授の和声感覚も、クセのある独特なハーモニーだが、選び抜かれた少ない音で、どこまでも拡散的。ある意味、上野耕路の対極といえるかもしれない。
ちょっと違うかもしれないが、私は上野耕路の響きには、ハービー・ニコルズを感じることがある。
彼は、そのユニークすぎる個性ゆえに、レコーディングの回数が極端に少なく、生前は不遇をかこった不運なピアニストだが、彼のタッチも重く曇っており、どこか内省的な響きがした。
だからこそ、私はこの二人が好きだし、二人のアカデミックでありながらも、万人には受け入れがたいのかな? そんな独特なハーモニー感覚を愛している。
上野耕路の傑作ソロアルバム『ポリスタイル』の一曲目、《1979》は戦前のヨーロッパの舞踏会を思わせる重厚な響きと同時に、リズムはラテンタッチのダンサンブルなナンバーだ。
上野耕路の作品の中でも、ノリのよさは郡を抜いている。
しかし、ノリノリではない。
まるで、あからさまで露骨なノリを嫌悪しあざ笑うかのように、どこか含みのあるノリなのだ。
そこがたまらない。
彼のそうしたシニカルさを帯びた、ちょっと屈折したアレンジが私は大好きだ。
一度、お聴きあれ。
やれ、世は宇多田だ浜崎だエーベックスだと言っている間にも、時代の裂け目からは、このような素敵で知的なポップスが輩出されているのだ。
(記:2005/09/25)
(加筆修正:2009/02/20)
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