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純            愛


『冬のソナタ』のヒロインは、10年間、死んだ(と思われていた)恋人のことを想い続けていた。

『世界の中心で愛を叫ぶ』の主人公は、17年間、死んだ恋人のことを忘れられなかった。

『ノルウエイの森』の主人公は、飛行機の中で流れたビートルズの曲を聴いただけで、17年前に死んだ女性を思い出し、座席を立てなくなった。

ドラマ、映画、小説とパッケージは違うが、上記3つの作品に共通していることがある。
それは、“純愛”という言葉で括られているということ。

“純愛”ねぇ。
“純愛”ってなんだ?
愛は、純や不純で区分される類のものなのか?

死んだ恋人を何年も想い続ける物語のことを“純愛モノ”と呼ぶのか?
見ようによっては未練タラタラな姿も、見ようによっては慎ましやか、かつ、その姿が美しく見えなくもないから、純愛なのか?
長い間1人の人を想い続ける姿って素晴らしいね、これだけ愛されるって素敵だね、人間って素晴らしいなぁ、いつまでも人を愛する心を持ち続けたいよね、という感想を受け手に抱かせがちな物語のジャンルのことを“純愛モノ”というのか?
“涙と感動を誘うっぽい話”だから、とりあえず純愛ってことなのか?

……謎だ。

(記:2004/06/28)