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親 父 を 尊 敬 し て い る 。


親父を尊敬している。
いや、するようになった。

幼少時から、少なくとも大学生になるまでの間は、
私にとっての親父は、
長らく尊敬ではなく、
畏怖の対象だった。

厳格だった。
理想主義者だった。
仕事の鬼だった。

ゆえに、
長男の私に求める要求水準が高すぎた。
ものごとに接する態度が、私からみると厳しすぎた。

だから、こちらから話かけることが出来るようになったのは、高校生ぐらいになってから。
まともに面と向かって話せるようになったのは、大学生になってから。
ビールを飲みながら、話せるようになったのは、社会人になってから。
そして、ようやく打ち解けて談笑しながら話せるようになったのは、私自身が父親になってからだ。

少し前だが、仕事の絡みで、親父へのインタビューがあった。
照れくさいので息子の私は同席せず、
信頼できるライターにお願いし、インタビューに赴いてもらった。

あがってきた原稿の一節の要約。

「私は今も元気だし、リタイアするほどでもないし、仕事をしなくても食べてはいけるが、金の問題ではない。生きざまの問題だ。世話になった世の中に、今度はなんらかのカタチでお返しをしたい。何か世の中にとって価値のある仕事ができればいいと思っている。だから、今の仕事は、私の最後の世の中に対しての奉公だ。」

人類からガンを無くす!
壮大な目標をかかげ、
研究の資金繰りに全国をパワフルに飛び回っている親父の言葉だ。

ちょっと涙が出そうになった。

父親を尊敬するようじゃダメだ。
もっと歴史上の人物や、身近で凄い人を尊敬の対象とするべきだ。
そんなことを言う人もいる。

余計なお世話だ。

自分の心にグッとくる人物だったら、
尊敬の対象は誰になろうが、勝手だろうが。

私だって、自分の息子から尊敬される父親になりたいと思っている。
憧れられる父親になりたいと思っている。

父親として、息子から尊敬されることほど、
男冥利に尽きることはないのではないだろうか?

(記:2004/09/21)