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年  賀  状


年末になると、
パソコンで年賀状を作ろう、
このソフトを使って年賀状を作ろう、
このプリンタで年賀状をプリントしよう、
といった宣伝が街中に溢れるが、その割には今年も我が家に届いた年賀状の多くが手作り&手書きのものが多く、なんとなく嬉しかった。

インターネットやメール機能の付いた携帯電話が普及している現在、紙のハガキでわざわざ年賀状を送る意義があるのかどうかという考えもあることと思うが、私は以下の一点に関してで言えば、大いに意義のあることだと思う。
すなわち、「私はあなたのために、ちょっとだけだけど労力(時間)を割きましたよ」という誠意の意志表示。

単に挨拶や用件だけならば、メールで済む。
また、同じ年賀状でも、宛名ラベルを貼られたものや、宛名を楷書体のようなフォントでプリントアウトされたものは、何となく「事務的に処理された」という感じがするので、特に嬉しくもなんともない。

だが、手書きで宛名書きをされた年賀状は別だ。
あるいは、ハガキの裏面に一言手書きで簡単な挨拶を書き添えられたものでも良い。
「この人は宛名を書いている少なくとも1〜2分間は自分のことを考えてくれていたのだ」
と、少なくとも私はそう受け取るし、その気持ちは中々に嬉しいものだ。

人は自分のために他人が労力を割いてくれることを基本的には喜ぶ。
もっとも割かれすぎると恐縮するが。
また、出来はともかくとして、手作りのモノを貰うと嬉しい。
もっとも、あまり親しくない人から手作りのモノをもらうと何となく気持ち悪いが。

その点、手書きの年賀状は、付き合いの深い浅いを問わずに、こちらの気分も重たくならずに、相手と自分の「繋がり感」を確認できる、手頃でコストパーの高い手段なのではないかと、私は認識している。

だから、年賀状を送る習慣を非効率とか、年賀状を作成したり宛名書きをする時間は無駄だとのたまう方も多いが、私の考えは彼らとは一線を画する。
非効率だから良いのだ。

もっとも、書くのが面倒くさいことは確かだが……。

(記:2001/01/12) 
(追記:2004/05/15)